石川県 金沢市近郊、白山市のイタリア料理、フランス料理、ベルギー料理、西洋料理の専門店 ゲデレー GODOLLO ベルギービール、フランスワインも充実
西洋料理店ゲデレー フランス料理、イタリア料理、ベルギー料理、ベルギービール、ワイン

2008年06月24日

070 休日の1枚

国宝金堂での早朝のおつとめ後
私たち夫婦は毎年、京都の御室 仁和寺でお世話になります。そして、こころを落ち着け、気分も新たにまたはじめるのであります。

2008年06月03日

069 フォアグラについて

ガチョウフォアグラのテリーヌ世界三大珍味といえば、キャビア、トリュフ、そしてフォアグラ。星付き高級レストランでは必ずこれら三食材を使ったメニューがあり、世界の美食家たちをうならせる。なかでもフォアグラはフランスを代表する特産品で、フランス料理には欠かせない食材ナンバーワンと言えるだろう。代表産地はフランスはドルドーニュ、ランド県やアルザス、ラングドック地方、ハンガリーはドゥナントゥール地方が有名で、それぞれの特徴をいかした多くの名物料理がある。

フォアグラとは、文字通り「foie 肝臓」「gras 太った」、ガチョウの肝臓を強制給餌(カヴァージュ)により太らせ、人工的に脂肪肝を作りだしたものである。もともと古代ローマ人がガチョウに干したいちじくをあたえ、その肝臓を食べたのが始まりらしいが、現在ではやわらかく蒸したトウモロコシを、じょうごで無理やり胃に詰め込む惨いやり方で作られている。ガチョウ以外に鴨のフォアグラもあるが、私は融点が高く、よりまったりとした食感が味わえるガチョウの方が好みなので、ゲデレーではオープン以来ハンガリー産のガチョウフォアグラを使用している。ただ、世界では今、そんな惨いやり方が動物虐待にあたるとして、生産や輸入を禁止する国が増えてきているようだ。美食家たちには少々心配な話である。
先日、ハンガリーからのガチョウフォアグラが届いた。仕入れ価格高騰で正直頭が痛いが、レストランにはフォアグラ!という使命感と、楽しみにしている常連さんたちの事を考えると外せない。「フォアグラのテリーヌ」はゲデレー定番の前菜となっているので、輸入規制がかかるまでは舌鼓を聞いていたい。

届いたばかりのハンガリー産の新鮮ガチョウフォアグラ

2008年05月27日

068 パセリについて

「じゃまな添え物」。私は100人中95人は、「パセリ」のことをそう見ていると予想する。安っぽい居酒屋で注文する唐揚げには、決まって乾燥した元気のないのが乗っかってくるし、新鮮でないものは食べても苦いだけで美味しくないからだ。とはいえ、残れば何度も使い回されるそのミドリの物体が「パセリ」のイメージとして定着するのは、あまりにも可哀想である。

パセリは正式名を「オランダゼリ」と言い、江戸時代にオランダから長崎に持ち込まれた。地中海沿岸が原産のセリ科の緑黄色野菜で、栄養価も非常に高い。ビタミンA、B1、B2、C、ミネラル、鉄分、特にベータカロチンが多く、老化防止やガン予防に効果がある。また料理に添えるのは、いろどりを補うだけでなく、口の中をさっぱりさせて口臭をおさえるためや、殺菌、胃や腸の調子を整える意味があることなども知っておきたい。

さて、ゲデレー近くの家族菜園には半畳ほどのパセリの一画を設けてあり、天気が良いと次から次へと育つので、それこそ唐揚げとペアが組めるくらいに、次から次へと収穫できる。とれたてのパセリは香りが良く、色も濃いので、新鮮なうちにオリーヴオイルとミキサーにかけて色鮮やかなパセリソースを作っておく。また、いろどりに使うパセリは若芽のやわらかいものを選んで添えているので、ぜひ料理と一緒に味わっていただきたい。少なくとも、「じゃまな添え物」の味ではないと解ってくれると思う。それから最近、料理に対してパセリの量が多いのでは・・・?と、微妙な盛り付けになる時があるが、今の時季だけ出現するサービス的な盛り付けなので。

菜園の新鮮なパセリ

あともうひとつ、菜園持ちの居酒屋の亭主が「鶏の唐揚げ パセリ添え」と書いたとしても、それは「名古屋コーチンの岩塩焼き レモン添え」や「自家製ローストポーク マスタード添え」といった言い回しと同じたぐいで何も悪くはないのだが?  なんか解せない。

2008年05月25日

067 休日の1枚

ばばあの畑でイチゴがり
先日久しぶりに実家に帰りました。天気が続いたおかげで、畑には真っ赤なイチゴがたわわに実っており、バケツ3杯ほど収穫してきました。うちのばばあは、イチゴづくりの天才!愛情いっぱいのイチゴは、もちろんゲデレーでデザートに使っています。

2008年05月23日

066 きのこ

とれたてのきのこ人間は人間から遠いものを食べるとよいと言われる。我々人間が食べるものは、動物と植物と菌類、あとは水と塩。動物の食べるものは人間も食べられるが、植物の摂るものは人間はなかなか摂れない。まして菌類の摂る栄養となるといっそう人間には摂ることができないもので、これはその菌を食べることによってはじめて得られる。よってキノコを食べるのだと言う。キノコは菌類の花である。植物でも花を食すのは最高級趣向であり、栄養学的にもビタミンやミネラルを摂る最良の方法と考えられている。キノコとは「気の凝ったもの」、つまり「元気、力、精力の詰まったもの」という意味あいを持つとされるので、元気がなく気が滅入っている時はキノコを食べると良い。・・・そう信じて食べるのが良い。
椎茸(しいたけ)は椎の木に多く発生する、しめじは湿地(しめじ)に多く発生する、舞茸(まいたけ)は袖をかえして舞踊る、松茸は松の根元にでるキノコ、外国にもトリュフをはじめ、ジロール茸、ポルチーニ茸など香り豊かなキノコがたくさんある。ゲデレーでも季節にはヨーロッパ直送のキノコが入荷するので、その時は是非味わっていただきたい。ただ、素人はその辺の山に生えているキノコを勝手に食べないほうが良い。やはりそこは人間から遠い菌類、体が大きくなるキノコはないだろうが、笑いが止まらなくなるワライ茸ほか、どんな元気が出るか分からないキノコがたくさんあるので注意!!

追伸  時に年配の人がキノコを「コケ」と言うことがあるが、これは北陸地方の方言なので、コケずに聞き流してあげよう。

2008年05月20日

065 歴史が育む雰囲気

1000年経つ古寺を訪れた時、その心安らぐ静寂の中に1000年変わらない気がみなぎっていると感じる。また、100年経つレストランで食事した時、その心地よい雰囲気は100年の伝統と誇りの上につくられるのだと感じる。ヨーロッパには、それこそ店ごとアンティークというレストランが数多くあり、時を重ねたことで滲み出てくる重厚感は何ものにも変えられないし、決してマネなど出来ない重みある歴史なのだと感心させられる。
私はゲデレーの店主として、店の雰囲気づくりは最も大切な仕事だと思っている。ロウソク型の暖色照明や古地図、クラシックカトラリーやテーブルクロス、木製の格子窓に石タイル、特に家具はアンティークものをひとつずつ探し、少しでも本場の雰囲気に近づけるように努力しているつもりでいる。和食には日本の、インド料理にはインドの、中国料理には中国の、西洋料理には西洋の雰囲気があり、それぞれの店主の想いが当然店づくりに表れる。当店のような小さい店であればあるほど、店主の想いがその小さい箱にぎっしり詰まるものだ。(最近は箸で食べるフレンチや、町屋を改装したイタリアンなど、和洋折中の店も多いが、雰囲気の点では中途半端さは否めないと私は思う)

当店のような10年も経っていない店が歴史を語ることは恥ずかしいが、ヨーロッパで訪れたレストランにはそれぞれ歴史と伝統があり、お客さんは良い意味でその空気にのみこまれてしまう。出来るならそんな雰囲気づくりを目指したい。そもそも戦後の日本人はオリジナリティー3流、マネ1流などと言われ、欧米の文化を上手くマネて取り入れてきた。私も西洋料理の文化に魅せられたひとりとして、限られた時間のなかで少しでもオリジナルに近づけるように、歴史が育んだ本場の重厚感を「マネ」し続けていくつもりでいる。

日本ではマネできない雰囲気

2008年05月13日

064 桐(きり)の大木

ゲデレー前の桐の大木家にはそれぞれに家紋というものがある。戦場では、紋のついた旗印で敵か味方を判断する重要な役割を担い、また庶民は将軍家の紋所にひれ伏した。古くから桐(きり)紋は、菊紋とともに皇室の紋章として用いられ、足利尊氏が後醍醐天皇から下賜されてからは、代々天下人の紋所として君臨してきた。かの豊臣秀吉の紋は「太閤桐」とよばれ、とくに有名である。
中国では、聖王の出現を祝福する霊鳥とされる鳳凰(ほうおう)、その鳳凰は青桐(あおきり)の林に竹の実を食べて棲息するという。このめでたい伝説がわが国の桐文様の始まりだそうだ。(もっとも、中国の青桐と、ムラサキ色の花を咲かす桐を日本人が勘違いし、めでたい謂われのない木が格式高い紋として独り歩きしてしまったことはあまり知られていないようだが・・・。)
さて、ゲデレー前の藤木町バス停に大きな桐の大木がある。5月のこの時季は、ムラサキ色の花が咲き誇りとても見事なので、当店の場所案内の際、この桐の木を粋(いき)な目印として言うことがある。
もし来店時にこのコラムを思い出したなら、ぜひご覧いただきたい。先日の雨で、残念ながら花はほとんど散ってしまったが、蔦が絡まり長年の雨風に耐えてきた老木の佇まいもまた、おもむきがあると思う。ただ、いくらさがしても木が違うので鳳凰は見つからない。あしからず。

2008年05月09日

063 鱸(スズキ)

平清盛が伊勢より船に乗り紀州熊野へ詣でた際、船のうちへ大きなスズキが跳び込んできた。その昔、周の国の王が船に躍り入った白魚(ハクギョ)を大いに祀り、後に天下を平定したという故事にあやかり、傍の者たちは「これは平家御繁昌の兆しである」と手を打って祝したという。そのスズキは清盛が自ら調理し、郎党皆にふるまい、大いに杯をあげ伊勢の海で盛り上がった。これは平清盛が出世街道をまっしぐらに突っ走ることとなる、保元の乱よりちょっと前の話である。

入荷した新鮮な鱸(スズキ)

透き通るようなスズキの身は、刺身料理(カルパッチョ)はもちろんおいしいが、香草焼きやバターでソテーしてメイン料理としてもよく食べる。ホクホクした淡白な身は、色々なソースとの組み合わせを楽めるので、ゲデレーでも大きいスズキが入荷した時はメインの魚料理に使う。登場回数は、白身部門ではタイ、ヒラメなどとともに上位にランキングされる。鱸(スズキ)は、成長するにつれて「セイゴ」「フッコ」「スズキ」と出世したように名が変わるので、鰤(ブリ)と同じく縁起のよい出世魚と言われる。平家の出世がしら、清盛の吉兆魚も、尾ひれがついたおもしろエピソードのひとつとして今に伝わる伝説である。

2008年04月22日

062 ちょっと息抜き 庭のチューリップが満開!

チューリップが満開! 愛情いっぱいでお迎えいたします
あたたかい日が続いたので、ついこの間まで蕾だったのがみんな一斉に開いたようで店の前が華やかになった。「永遠の愛」「不滅の愛」「愛の告白」など愛をテーマにした花言葉が多いチューリップと愛情たっぷりのゲデレーの相性は抜群。

2008年04月11日

061 こどもの日

普段はのどかなゲデレー横の加賀産業道路もゴールデンウィーク中は、いしかわ動物園へ向かう家族づれの車が連なり混雑する。5月5日はこどもの日。柏餅の柏(かしわ)は、新しい芽が出てこないと古い葉っぱが落ちないので、「家系が絶えない」という縁起のよい木とされる。柏餅が端午の節句に食べられはじめたのは江戸時代に入ってからで、いまに続く男児が重んじられた古い風習のなごりと言える。

家族でゆっくり食事の図さて、当店の方針として、小さいお子様は基本的にお断りしている(基本的にとは貸切の際はかならずしもという意味)。理由は、他のお客様の迷惑になる場合が多いからで、ゆっくりと食事を楽しんでいる横のテーブルで、ワーワー騒いだり泣いたりお皿をフォークでカンカンと鳴らしたり・・・は正直たまらない。個人差はあるとは思うが、家族でゆっくり話をしながら食事ができるのは、子供が小学校高学年ぐらいからではないだろうか。「何歳からならいいんですか?」は、おとなの常識の範囲で判断していただきたいが、隣のテーブルには1ヵ月も前に予約を入れ、この日のデートを楽しみにしている2人がいることも忘れないでほしい。


追伸  小さいお子様のことは予約の際に確認いたしますが、これまで何組もの(予約のない)ご家族様を上記理由により店頭でお断りいたしました。先日、ご理解いただけずご立腹してお帰りになられたお父様は、長崎あたりでかたき討ちでもしそうな湯気をだしており・・・・う~ん、まことに残念です。今回は、ぼやきコラムとして流してください。

2008年03月20日

060 ハマグリ

はまぐりの白ワイン蒸しハマグリが気持ち良さそうに殻から身を出している。そこへカワセミがやって来てその身をつついた。慌てたハマグリは両殻を合わせてそのくちばしを挟んでしまう。カワセミは言う。「こう挟んだまま今日も明日も雨が降らねば、お前は乾いて死んでしまうぞ。」ハマグリは答える。「こう挟んだまま今日も明日も殻を開かねば、お前は餓死してしまうぞ。」 そうやって意地を張っていると、そこへ漁夫が通りかかり両方生け捕りにされてしまった。・・・これはご存知、「鷸蚌(いっぽう)の争いは漁夫の利なり」と言われる、中国戦国策にある有名なことわざである。
一方日本でも、縄文貝塚から殻がたくさん出てきている他、「日本書紀」に献上品として、「源氏物語」には貝合わせ遊びなどが載っていることからも、ハマグリは古くから日本人に親しまれてきた海産物の代表と言える。また、ハマグリの殻は他のものとは決して合わないことから「一夫一婦」の教えとなり、今もなお3月節句や婚礼のおめでたい席では、ハマグリがここぞとばかりに存在感をアピールしている。

ゲデレーでも、クリームスープやパスタ料理、白ワイン蒸しや魚料理のソースにといろいろ使っているが、常時入荷はむずかしいため、予約時に確認をお願いしている。

2008年03月18日

059 おとなのお付き合い

食事やお酒の楽しみ方、味わい方は人それぞれである。自分の家でひとりでくつろいでいる時はルールなんてないので、その人の好きにやればよい。また、夫婦や家族で楽しくやればよい。ただ、レストランでの友人との会食や、ディナーに招かれた場合はどうだろう、自己流を通すことはやはり許されまい。

こんな話がある。ある食通(酒通)のお宅に招かれたお客が、ディナーの最後に出てきた「フィーヌシャンパーニュ」という最高級ブランデーをグイッと一気に飲み干してしまった。それには立派な食通で名の通っている主人もさすがにため息をついて落胆した。行儀の悪いことをしたと気づいたそのお客と主人とのやりとり。
「私の今のお酒のちょうだいの仕方はいけなかったですね、ムッシュー。」
「あっ、いやいや、でもお尋ねとあらば申し上げます。つまり、これくらいの酒齢と品質を持ったフィーヌシャンパーニュはアプリシエート(味わう)する価値があるということです。」
「なるほどムッシュー。でも私は素人なのです。初歩から御手ほどき願えませんでしょうか。」
「承知いたしました。即ちですね、まずグラスを片手のひらに取りその温かみで温めるんです。次にそれを揺り動かし、同時に一寸回転させます。すると香りが放たれて出てくるのです。そこでグラスを鼻先へ持ってきてその香りを吸い込むのです。」
「なるほどムッシュー。それから?」
「それからグラスを下におろして、これについて語り合うのです。」
「・・・・・・・・。」

おとなのディナー

オリンピックの輪のように、他の輪と交わればそこには当然、社会の付き合いが生まれてくる。いくら友達でも、またそれが家族であっても、最低限のルールを守って節度ある行動をしなければ関係はおかしくなってしまう。酒通を皮肉った話のようではあるが、大人どうしの付き合いがうまく表れていると思う。当店でもグループでの会食は多い。他人のペースに巻き込まれて食べる食事ほど疲れるものはない。時に相手の話を素直に聞き、時に自分の考えを投げ返す。時に笑い、時に真面目に。場の雰囲気をこわさぬ最低限の気配りと幅広い会話のキャッチボールは紳士淑女のたしなみと心得、肩が鈍らないよう日頃から頭をやわらかくしておきたいものである。

2008年03月12日

058 いちご(苺)について

イチゴをつかったおいしそうなデザート春の訪れが近いちょうどこの時季、スーパーマーケットの入口付近は真っ赤なイチゴが占領し、おいしそうな甘い香りを漂わせる。香りに誘われ、ついついというお客さんも少なくない。果物のなかでは、特にビタミンCの栄養価が高く、季節の変わり目の風邪予防にこの「ビタミンCの女王」は最適である。イチゴの歴史は古いらしいが、栽培果実として日本に定着したのは100年ちょっと前なので、割りに新しい果物の部類に入る。子供の頃田舎の畑によく見かけたので、古い時代の人たちもこうやって食べていたのだと勝手に勘違いしていた。イチゴは別名「オランダイチゴ」と言い、江戸末期オランダ人によって長崎に伝えられたのだと言う。写真は本場オランダのイチゴで、日本より大粒でしっかりしていた。味も中まで赤くとても甘い。東の「女峰」、西の「とよのか」、日本ではこの2種が横綱を張っているとのことだが、最近は交配技術の進歩で色々な品種が出てきているので楽しみである。
ゲデレーでもこの時季のデザートにイチゴは欠かせない。また初夏には、畑のイチゴも大量に収穫できるのでソースなどにして使っている。何はともあれ、100年前の庶民には一期一会だった果物が、今や文字通り、母のように身近な存在になったことは好いことである。

オランダのイチゴ しっかりしていて甘い

2008年03月10日

057 ゲントのビアカフェ

マックスを飲む 伝統を飲むビール王国ベルギーには様々なビアカフェがある。今回紹介するゲントにあるDe Dulle Griet デ・デュレ・グリートではいっぷう変わったパフォーマンスでお客さんを楽しませてくれる。この店の名物は超ビッグなビールで、なんと50センチほどもあるフラスコ型ビアグラスで出てくるその名もMAX マックス!。観光客ならかならず頼むというその特大ビール、注文するとこわおもてのおじいさんがやってきて、「あんたの靴を片方よこせ」と持っていく。そしてその靴を、天井から吊り下がっているかごの中にポイッと入れてしまう。実はこれを見たくて世界各地からビール好きが集まるのだそうだ。その昔、貴重なビアグラスの盗難防止にと始めた事が今も続いていると言うのだが、かごの靴を見上げながら、皆でビールを飲んでいる様はなんだか妙な連帯感が生まれ、おかしい。もちろんビールを飲み干しグラスを戻すと、おじいさんは天井のかごをカラカラと下ろし靴を返してくれる。おじいさんより何倍も年期の入ったかごは、その歴史を物語る。昔から何も変わっていないのだろう、ビールもベルギーらしい濃厚でコクのあるタイプで、クラシックな味わいだった。いつまでも変わらぬ味とそのパフォーマンスは、時を越えその店の伝統としていっそう深みを増していく。

ゲントのビアカフェ 「デ デュレ グリート」

2008年03月08日

056 ちょっと息抜き 意思表示

これぞまさしく憤慨!(フンガイ)。

あんたは偉い!

これくらいの意思表示をしないと今の世の中伝わりません。ゲデレーはこの土地所有者さんを応援します。

2008年03月01日

055 ドンペリニヨン

「冷血の北方人のようである。最初は快活にスタートするが、考え直したかのように冬の間長い冬眠をする。そして次の年の春から初夏に目を覚まし、残してあった仕事に取りかかる。」アンドレシモンはその著書でシャンパンについてこのように書いている。つまり発酵の過程を例えたものであるが、その遅れた発酵によりあのシャンパンの命の泡(バブル)が生まれる。
ドンペリニヨンは1639年にフランスに生まれ19歳で出家、30歳でシャンパーニュ州ベネディクティン僧院の酒庫係長に任ぜられる。昨今「ドンペリ、ドンペリ」と高級シャンパンの代名詞のように使われているのは、この酒庫係の名前である。死ぬまでの47年間そこで酒庫係を続けた彼は、その功績から「シャンパンの発明者」だとか「瓶に泡を入れた魔法使い」だなどと言われている。しかし本人は、人より少し研究熱心で人より少しワイン造りに長けていただけで、シャンパンは出来るべくして出来たワインだとさらり言うことだろう。事実そんな栄誉は彼に与えられていない。とはいえ彼の残した功績は偉大なもので、彼によってシャンパーニュ地方のワインの品質が格段に上がったことは間違いない。シャンパーニュ地方では当時、油に浸した麻糸を束ねたものにロウを塗って栓をしていたが、彼はコルク栓を紹介し、安定したワインの貯蔵を可能にした。その事と北方人の性格が重なり、今まで外に逃げていた炭酸ガスが瓶内に残ったと言う訳だ。瓶の口を針金で縛ってあるのは、炭酸ガスの勢いでコルクが飛んでしまわないように、また銀紙でそれを覆ってあるのは、穴倉の湿気で針金がダメにならないようにという工夫である。

ドンペリニヨン

アンドレシモンはまた、ドンペリニヨンについても書いている。「彼はシャンパーニュの人々に彼らのワインをどうしたら一番良いものに出来るかということを最初に教えた人である。」

シャンパンの王「ドンペリニヨン」、冷やしておきます! 予約時に「ドンペリ頼む」と一言。

2008年02月27日

054 おもしろきこともなき世をおもしろく

柄の部分がピストルで作られたスタンド幕末、黒船に乗り込み密航しようとまでした吉田松陰、その時あまりにも世界に遅れをとっていた日本の行く先を案じ、また過去の威光にばかりしがみ付いて、前を向かない徳川幕府に嫌気がさしていたのであろう。その松蔭がひらいた松下村塾の門弟、高杉晋作もまたその短い人生を日本国に捧げたひとりである。彼はアヘン戦争後の上海派遣で目にした西洋先進国の脅威から、日本に足りない軍艦や最新銃の必要性を痛感する。そして自らも上海でピストルを購入している。(もはや刀で斬りあう時代は終わりと判断したのだろう、実際に伏見寺田屋には当時のピストルの痕が残っている。)また、歴史書などで現在残っている晋作の写真を見ると、髷(まげ)を切り、我々現代人となんら変わらない髪型で写っている。「ヨーロッパへ行ってみたい」とよく言っていたというから、西洋の文化をもっと吸収したいという意思の表れだったに違いない。チョンマゲ時代に彼だけザンギリ頭にピストル、皆にはたいそう変な男に映ったろうと思う。それにしても不自然な髪型だと気づいていても、武士の誇りでもあろう髷を簡単に切ってしまうとは・・・さすがに何を仕出かす分からない革命児である。
彼の恩師、吉田松陰はすこし時代を先取りしすぎたのかもしれないが、最期に大和魂を忘れるなと説いた。革命的な倒幕論を論じ、三味線やピストル片手に幕末を暴れまわった高杉晋作も、死ぬまで愛用の長刀を離さなかったというから、形は違えど武士(もののふ)らしい大和魂を持ち続けていたに違いない。 
当ゲデレーのカウンターにピストルを使ったおもしろい電気スタンドがある。店内インテリアの中でもお気に入りのひとつで、店に入り最初にこのスタンドをつけるのが私の日課である。今日そのスタンドを眺めながら高杉晋作のことをふと思ったので少し書いてみたわけで・・・。不景気で世知辛い世の中、このスタンドのようにちょっとした工夫でおもしろく生きていける。

2008年02月15日

053 ちょっと息ぬき  提案

ミッフィーの信号機
オランダユトレヒトの街には、なんと「ミッフィー」のかたちをした信号機がある。この街は日本でも大人気「ミッフィー」の生みの親であるディックブルーナさんの生まれ故郷なのだが、観光客の心をくすぐるイキな演出に脱帽である。こんな行政ぐるみで取り組む、ユニークな試みが石川県には足りないと思う。そこでゲデレーからの提案、まず兼六園下の信号機は「コトジ灯篭」のかたちにする!

2008年02月14日

052 コルクの話

コルク栓を抜くときが、ビン詰めぶどう酒一代のうちで一番晴れの瞬間である。その「ポン」という音は天下無類と称してよい。実際このすばらしい音に似た音というものは誰も想いあたるまい・・・とこれは、ある古い本に書かれた一節である。
上質のコルクは良いワインのいのちビンに詰められ、栓をされた時からそのワインの熟成という人生がスタートする。知っての通り、ワインはそのコルクを通し呼吸をしながら熟成し、静かに抜かれる日を待つ。人間で言えば肺の役割か。状態が良ければ半世紀以上も熟成し続けるワインもあるのだから、コルク肺の役割はとても重要である。一般的に肺活量は多い方が良いとされ、コルクであればそこそこ長いものがよい。しかし現在は昔に比べコルク材が減り、長くて上質なものがだんだん少なくなってきているのが実情。最大の産出国ポルトガルでは、第1級品たる要素を備えてくるのは、樹齢4、50年からで、品質はコルクの木皮を剥がすたびに良くなっていくと言われている。剥がされながら150年くらいは繁茂するらしいが、それでも需要に追いつかないのは、ワインブームのせいか、異常気象のせいか・・・。
ホームページ入りの人工コルク最近は、スクリューキャップや(ホームページなどが書かれた)人工コルクが代用される時代で、ヴィンテージ(収穫年)や造り手の名前、シャトーの絵柄が焼印される風情あるコルクたちは少しずつ消えつつある。また、便利さを追求しペットボトル入りワインも出てきているというから、いささか行き過ぎの感がある。あまり考えたくはないが、ワイングラスの横に、ながい役目を終えたそのコルクを眺め、見事に熟成されたワインを味わう、そんな楽しみが遠いいにしえの事となる日が将来やってくるのかも。

2008年02月13日

051 ハチノス

美味しいトリップ料理
牛は4つの胃袋を持っており、それぞれに第1「ミノ」、第2「ハチノス」、第3「センマイ」、第4「ギアラ(赤センマイ)」と呼ぶ。焼肉店でもおなじみの名前だから、すぐ美味しそうなお肉が想像できることだろう。ヨーロッパでも内臓料理は結構食べられている。胃袋のことをいうtripeトリップ(仏)trippaトリッパ(伊)は頻繁にレストランのメニューに登場するので内臓好きの方は覚えておくと良い。パン粉をつけて焼くリヨン風やトマトと一緒に煮込んだローマ風などなど、各地の名物料理も多い。 第2の胃袋 縁なし帽ゲデレーのトリップ料理は牛の第2の胃「ハチノス」をつかっている。ハチノスとは文字通り蜂の巣に似ていることからついた名で、コリコリとした弾力のある食感が特徴である。下処理の段階である程度やわらかく煮込み臭みを消すのだが、厨房がとてつもないニオイに包まれるため、私はあまりやりたくない仕込みの上位にランク付けしている。また、内臓ホルモン焼きのホルモンとは「放るもん(すてるもの)」からきているとの俗説があるが、そのハチノス仕込みの日はその説が正しい!と確信する日でもある。そんなハチノスではあるが、それを野菜やソースと合わせ、ひとつの料理として仕上げるとこれが一転美味!!なんとも不思議な味で、言葉ではうまく伝えることが出来ないが、ぜひ一度味わっていただきたい一品である。

ちなみにこの第2の胃袋、仏ではボネbonnet、伊ではボネットbonettoと言い、訳は「縁(ふち)のない帽子」である。なるほど。