石川県 金沢市近郊、白山市のイタリア料理、フランス料理、ベルギー料理、西洋料理の専門店 ゲデレー GODOLLO ベルギービール、フランスワインも充実
西洋料理店ゲデレー フランス料理、イタリア料理、ベルギー料理、ベルギービール、ワイン

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2008年07月20日

072 予約のこと

ヨ-ヨッパのレストランで私は食事に出かける時は、かならずその店に予約を入れる。たとえそれが牛丼屋やラーメン屋であっても出来れば予約したい。先日あるそば屋に電話したら、「おふたりなら予約なしでも大丈夫ですよ。」と肩透かしな対応でズッコケた。そのそば屋は満席になることは滅多にないのだろうが、そこで名前を聞いて席をふたつ確保(つまりは売り上げを確保)しないことの意味が解らないと、電話を切った後、妻とふたり首をかしげた。通りがかりでふとそこへ入ろうというのなら別だが、その店で食べようと車を走らせるなら、休業や満席で貴重な時間を無駄にしてはもったいない。彼女とのデートを有意義に・・・と考える世のジェントルメンにとって、「予約」は云わば身だしなみの一部だと私は思っている。

さて、当ゲデレーは開店以来定休日を設けず、基本的に予約の入らない日を休みと決める。店側から考えても予約は効率が良く、段取りがたてやすいので有難い。欧米、特にヨーロッパの人はアポイントメントなしの訪問客には冷たいと聞く。自分の生活ペースを乱されるから「ノー!」なのであろう。特に現地のレストランなどは予約は当たり前で、飛び込み客は断られる場合もしばしばである。逆にキチンと約束がある場合は、心を込めて精一杯もてなすスマートさをあわせ持つとも聞く。レストランでも、最高のサーヴィスが期待できるという訳だ。
不定休の為か、よ~やく最近は予約電話が増えたが、石川という県民性なのか、ひいては日本という国民性なのか、まだまだ予約なしのお客さまは多い。特に若い世代には少々面倒くさいのかも知れない。ヤングジェントルマン諸君!メールに没頭するも良いが、向かうレストランに30秒電話する有効活用で彼女との有意義な時間をキープ出来ることをお忘れなく。

お休みです

2008年05月13日

064 桐(きり)の大木

ゲデレー前の桐の大木家にはそれぞれに家紋というものがある。戦場では、紋のついた旗印で敵か味方を判断する重要な役割を担い、また庶民は将軍家の紋所にひれ伏した。古くから桐(きり)紋は、菊紋とともに皇室の紋章として用いられ、足利尊氏が後醍醐天皇から下賜されてからは、代々天下人の紋所として君臨してきた。かの豊臣秀吉の紋は「太閤桐」とよばれ、とくに有名である。
中国では、聖王の出現を祝福する霊鳥とされる鳳凰(ほうおう)、その鳳凰は青桐(あおきり)の林に竹の実を食べて棲息するという。このめでたい伝説がわが国の桐文様の始まりだそうだ。(もっとも、中国の青桐と、ムラサキ色の花を咲かす桐を日本人が勘違いし、めでたい謂われのない木が格式高い紋として独り歩きしてしまったことはあまり知られていないようだが・・・。)
さて、ゲデレー前の藤木町バス停に大きな桐の大木がある。5月のこの時季は、ムラサキ色の花が咲き誇りとても見事なので、当店の場所案内の際、この桐の木を粋(いき)な目印として言うことがある。
もし来店時にこのコラムを思い出したなら、ぜひご覧いただきたい。先日の雨で、残念ながら花はほとんど散ってしまったが、蔦が絡まり長年の雨風に耐えてきた老木の佇まいもまた、おもむきがあると思う。ただ、いくらさがしても木が違うので鳳凰は見つからない。あしからず。

2008年03月18日

059 おとなのお付き合い

食事やお酒の楽しみ方、味わい方は人それぞれである。自分の家でひとりでくつろいでいる時はルールなんてないので、その人の好きにやればよい。また、夫婦や家族で楽しくやればよい。ただ、レストランでの友人との会食や、ディナーに招かれた場合はどうだろう、自己流を通すことはやはり許されまい。

こんな話がある。ある食通(酒通)のお宅に招かれたお客が、ディナーの最後に出てきた「フィーヌシャンパーニュ」という最高級ブランデーをグイッと一気に飲み干してしまった。それには立派な食通で名の通っている主人もさすがにため息をついて落胆した。行儀の悪いことをしたと気づいたそのお客と主人とのやりとり。
「私の今のお酒のちょうだいの仕方はいけなかったですね、ムッシュー。」
「あっ、いやいや、でもお尋ねとあらば申し上げます。つまり、これくらいの酒齢と品質を持ったフィーヌシャンパーニュはアプリシエート(味わう)する価値があるということです。」
「なるほどムッシュー。でも私は素人なのです。初歩から御手ほどき願えませんでしょうか。」
「承知いたしました。即ちですね、まずグラスを片手のひらに取りその温かみで温めるんです。次にそれを揺り動かし、同時に一寸回転させます。すると香りが放たれて出てくるのです。そこでグラスを鼻先へ持ってきてその香りを吸い込むのです。」
「なるほどムッシュー。それから?」
「それからグラスを下におろして、これについて語り合うのです。」
「・・・・・・・・。」

おとなのディナー

オリンピックの輪のように、他の輪と交わればそこには当然、社会の付き合いが生まれてくる。いくら友達でも、またそれが家族であっても、最低限のルールを守って節度ある行動をしなければ関係はおかしくなってしまう。酒通を皮肉った話のようではあるが、大人どうしの付き合いがうまく表れていると思う。当店でもグループでの会食は多い。他人のペースに巻き込まれて食べる食事ほど疲れるものはない。時に相手の話を素直に聞き、時に自分の考えを投げ返す。時に笑い、時に真面目に。場の雰囲気をこわさぬ最低限の気配りと幅広い会話のキャッチボールは紳士淑女のたしなみと心得、肩が鈍らないよう日頃から頭をやわらかくしておきたいものである。

2007年05月09日

035 花のある庭を

ヨーロッパでもなかなか見られなくなったデザインの鉄のフェンス2006年、ゲデレー開店から5年経ってようやく入口右側に生垣をし、庭に花を植えるための土を入れた。かねてから花やハーブの楽しめる庭をつくる予定ではあった。写真にある鉄のフェンスはデザインがゲデレーのロゴ文字と似ていたこともあり、開店して間もなくアンティーク店のガレージに付いていたのを無理やりお願いして譲ってもらった。4月の庭に咲くチューリップ鉄をこまかくねじって作るこのタイプのフェンスは、現在ヨーロッパでもなかなか見かけないものらしい。強度とデザイン性を同時に高める職人の努力が感じられ、とても気に入っている。

3月のクロッカスに始まり、ヒヤシンスやアネモネ、そしてチューリップ。妻とふたりで昨年の秋に植えた球根が元気に育った。種まきのデイジーやビオラもかわいい花を咲かせ、つるバラも勢いよく新芽を伸ばしている。小さな春の訪れを身近な花々から感じることができるのは幸せなことだと実感した。
食材、特に野菜やフルーツにそれが無くなりつつある今日だから、庭に咲くバラやテーブルを彩るチューリップから季節感を感じられるような「生きたレストラン」を心掛けたい。

クロッカス

2006年12月31日

030 こころざし

1年の計は元旦にあり。年の初めに掲げる目標ときたらこれまたいい加減なもので、春ぐらいになるとコロッと忘れてしまっていることが多い(のは私だけであろうか)。あれこれ欲張りな私の場合、振り返ってみると達成出来なかった目標が山のようにあり、お恥ずかしいかぎりだ。最近はあまり具体的な細々した目標は公言しないようにしている。ただ、目指すものが小さすぎてもやる気が起こらない性分であるからして、内に秘めた目標はできるだけ大きく持とうと心がけてはいる。

若い頃からの夢は、「ポルシェに乗ること」であった。人から見ればバカと思われたかもしれないが、至って真剣であった。最初はただの憧れから抱いた夢が、大人になるにつれ、具体的な目標となり励みになっていったようである。社会に出ていろいろな事を経験し、一流品のネクタイを締めるためには、それに合う服、靴、時計、そしてなにより中身が必要なのだと学んだ時、もっと自分を磨き、見合う人間になりたいと仕事や遊びにとにかく一生懸命であった。少年時代の浅はかだがデッカイ「目標」が、少なからず今の私を育てたのは間違いない。

「少年よ大志を抱け」という有名な言葉がある。私も志は大きく持とうと心がけている。もちろん、志はデパートやくるま屋で買えるものと違うことぐらい分かっている。志とはそんな欲や見栄の絡むものではなく、いわばその人の信念に近い、もっと心の奥の清らかな部分で燃えているもの。大きい炎を燃やすということは、それだけの油が必要だということも承知している。(その点ではポルシェともいっしょなのだが・・・。)

5年前、大きな「志」を持ってつくったゲデレー、認知度はまだまだ低いがおかげさまでたくさんのコアなファンが応援してくださる。私自身、勝負した5年間であったからこそ、ごひいきをいただいたお客様には、これからもっと心地よい空間、時間を提供して恩返しをしていきたい。もう少年という年ではないが、でっかい「志」を抱いてこれからも頑張っていこうと思う。西洋料理店ゲデレーを愛するお客様のために、そして我が人生を楽しむために。


2007年もどうぞよろしくお願い申し上げます。



2006年12月20日

028 クリスマス

日本人ほど宗教、信仰にこだわらない国民もめずらしい。先月京都のあるお寺で出会った20代のカップルは、首から十字架のネックレスをさげ、パンパンと2回かしわ手を打ってお参りしていた。妙な感じだったが、彼らも幸せを願ってのことだ。

教えや信仰心はどうであれ、私たちが子供の頃はクリスマスにはサンタクロースがプレゼントを持ってやって来ると信じていた。自分の背丈ほどあるクリスマスツリーを飾り、枕元には出来るだけ大きい靴下を置いて眠ったものだ。サンタクロースという呼び名は、もともとオランダ語の方言Sante Kiaas(聖ニコラウス)からきたもので、実在した人物がモデルといわれている。寒い冬、慈悲深い心を持った彼は恵まれない人々に金貨を届けてまわっていた。貧しくて家族と離れ離れになる可哀そうな少女がいたが、その晩ニコラウスが投げ入れた金貨が暖炉に干してあった靴下に入り、その少女と家族は一緒に幸せに暮らすことができたという心温まるお話があるそうだ。サンタさんに最新のゲームをお願いする最近の子供たちにはとうてい分からない話だが・・・。

そんな聖ニコラウスのおかげもあり、ゲデレーも毎年クリスマス時期は早々に予約で一杯になる。聖なるクリスマスの雰囲気づくりにと、12月には店内にクリスマスツリーを飾ることにしている。妻が幼い頃に使っていたツリーを引っ張り出してきたのだが、その古いレトロ感が店とマッチして良い。冬でも葉が落ちないモミの木は永遠の命の象徴として古くから愛されてきたようで、妖精が宿って幸せを運んでくると信じられているそうだ。ゲデレー開店時に植えた駐車場のモミの木もずいぶん大きく(宿りごろに)成長したので、そろそろ妖精たちが笑っている姿が見られるのではと期待している。

2006年11月17日

024 第2回落語会のご報告

入船亭扇治師匠11月6日(月)入船亭扇治さんを招いての落語会を催した。6月に続いて2回目なので、私たちスタッフも準備その他で戸惑わず、ゆっくり落語を楽しませていただいた。昼と夜の2部に分け、(ほとんど常連客で埋まった前回とは違い)今回は幅広いお客様に声をかけた。と言うのも、話してみると実は落語好きというお客様が多いことと、意外に第1回後の反響があり、洋と和のアンバランスさの「妙」が受け入れられたと実感したからだ。中日新聞社からも取材に来ていただいたので、話題づくりのイベントとして見れば成功であろう。これから3回、4回と会を重ね「ゲデレー落語会」は恒例の行事にしたいと思う。

今回は「道具屋」「井戸の茶碗」「初天神」「戴き猫」の4席。「戴き猫」は、前回の「竹の水仙」に続き、左甚五郎が出てくるお題。同じ岐阜出身の扇治さんのお気に入りなのであろうと推測した。旅の途中でノミの達人が繰り広げる物語は、どこかお忍びで諸国をまわる水戸黄門のパターンに似て、単純だがハマってしまう面白さがある。ハマると言えば、最近はちょっとした落語ブームで(ドラマの影響もあるのか)落語にハマっている若者が多いそうだ。ベルギービールを片手にリラックスする扇治師匠私もこれまでは、難しいという先入観だけで敬遠していたが、この落語会を機に完全にファンになってしまった。もっと近くに寄席があれば良いのにとつくづく残念に思う。

さて夜も更け、扇治さんを囲んでのお疲れ会では、落語業界の裏話やいろいろな苦労話を聞いたり、スタッフたちは疑問に思う事を質問したり、ベルギービールを飲みながらおおいに盛り上がった。ブームと言えど、平日の寄席はまだまだお客はまばらで、時にはひとりも座っていなくて中止になることもあるそうだ。「たとえひとりでも、聞いてくれるお客様があってのはなし家です。」は、とても印象に残った言葉。ゲデレーもお客様あってのゲデレー。店に足を運んでくださったお客様ひとりひとりを大事に、そして暇な日があっても、自分を信じて頑張るのみ。目指せ!猫の手も借りたいほどの繁盛店。にゃあんてね。


最後に、今回の落語会の開催関係者の皆様に深く感謝し、心よりお礼を申し上げます。

扇治師匠のサイン色紙


2006年10月21日

020 アナログ時間

便利な世の中になったものだ。インターネットのおかげで、こうやってゲデレーからのメッセージを瞬時に伝えることが出来る。むろん一方通行ではあるが、日に100人近く(データ2006年9月)もアクセスがあるのはありがたい。カセットテープからCD、ビデオからDVD、カメラもテレビもデジタルと、アナログの時代が終わりを告げようとしている今、引導を渡す役目は「ケータイ」が担うのであろう。今もなお進歩し続けるケータイには高性能カメラをはじめとする様々な機能があり、もはや単なる通信手段ではない。普及率も100%に近く、ゲデレーでも予約の際、連絡先はだいたい携帯番号を告げられる。便利になった反面、すぐに連絡出来る安心感からか、約束の時間は「少し遅れます」のひと言で破られることが多いのだが・・・。

ところで、「店内での携帯電話はご遠慮下さい」とお願いしているレストランも随分あるが、当店では基本的にお客様のモラルに任せている。話し声や着信音が迷惑にならなければそれで良い。当店は40~60代のお客様が多いのでそうでもないが、10~20代で賑わう店では、左手でメールをしながら右手でフォークを口に運ぶ光景もめずらしくないと聞く。食べ方をどうのこうの言う権利はないが、もっと食事の場を楽しんでほしいと残念に思う。

私は携帯電話を持っていない。街の公衆電話が次々と消えて、外出先では不便な時もあるが、それでもあまり必要性を感じない。友人とは、急ぎの用事がない限りはがきでやりとりしている(これ本当!)。際限なく文字を送れるメールと違い、限られた紙の中で伝えたい事をまとめるのは意外に難しいもの。また、1つの皿に盛る料理と同じで、1枚のはがきはその人の個性やその時の心境を面白い様によく表現する。文通を薦めるつもりはないが、アナログの自分を楽しむ時間もたまには必要だと、こんな時代だから強く思う。特に食事は本来、楽しい時間なのだから。

2006年09月28日

017 赤鬼さんと赤猫さん

ゲデレーの守り神、京都の真如堂でいただいた赤鬼の護符西洋料理店に似つかわしくないもの、その壱。
昔話などで追い立てられることが多い鬼。もともと超自然的な大きな力を持った神的存在と考えられていた。朱色は魔を寄せつけない威力を持つとされ、朱の鬼は厄難が家に入り込むのを防ぐ守り神として人々に信じられている。写真にある舌を出してしゃがんでいる何とも愛きょうのある赤鬼。これは京都の真如堂でいただいた護符で、ゲデレーのかわいい守り神である。悪いものが店内に入り込まないよう眼を光らせている。

「厄病よけ」の赤い招き猫西洋料理店に似つかわしくないもの、その弐。

伊勢神宮へ参った際、その可愛らしさに魅せられた。ミステリアスな表情の赤い招き猫。その昔農村で養蚕が盛んだった頃、ネズミによるカイコ被害を防ぐために猫の置物を置いたり、猫絵を貼ったのが発祥だとか。現在は商売の縁起物として親しまれている招き猫、その形や色には意味がある。右手をあげているのは「お金」、左手をあげているのは「人」を招くと言われ、また、金色は「金招き」、白色は「福招き」、黒色は「除難免災」、赤色は「疫病よけ」とそれぞれ違う。ゲデレーの招き猫は左手をあげる赤猫なので・・・。おかげ様で病気ひとつせず頑張っております。

2006年08月27日

014 テレビの取材

アナウンサーの松村氏とシェフ池田先日、MROイヴニング5のテレビ取材(番組のビール特集の中で紹介されるとの事)があった。マスメディアの仕事は方々にアンテナをはっているのだろうが、それでも当店のような小さい店に声をかけていただいたのは光栄である。ディレクターのK氏をはじめ、カメラマンの方、アナウンサーの松村氏、とても気さくで人間味がある方々で、何より仕事に対する一生懸命さが伝わってきたのが嬉しく思った。もちろん仕事なので当然なのだが、限られた取材時間の中で思い描くイメージに少しでも近づけようとする真剣な雰囲気がひしひしとうかがえ、私も緊張した。
2日に分けて延べ2時間程の取材、ほんの2、3分の放送のためにそこまでこだわるのかと正直感心した。エスカルゴや生ハムを食べている松村氏の目線で後日取り直したり、光の具合でビールをおいしそうに見せたりと、なるほどこうやっていろいろなカットを組み合わせて番組は成り立っているのだと、またひとつ勉強になった。仕込みに手間ひまをかけ、1皿の料理をつくりあげるシェフの仕事にも共通するが、お客様の直接的反応が見えない分、感動や充実感の半分以上は自己満足の世界なのであろう。(達成感の目安は視聴率かな)
リモコンを片手にテレビを見るシビアな時代、人を引き付ける番組づくりには飽きさせないアイデアや斬新な企画などはもちろん必要であろうが、考えられた一瞬一瞬の積み重ねが気の抜けない流れを生み、魅力あるおもしろい番組になるのだと感じた。「仕事への姿勢」や「魅力ある表現」など、今回感じたことを自分の仕事に置き換え、サロンのひもをギュッと締め直した私であった。

2006年06月23日

007 落語会のご報告

真打 入船亭扇治 師匠その張りのある声から伝わる「気」をきっと誰もが感じたはずだ。私はすっかり江戸時代にタイムスリップし、旅籠で繰り広げられる主人と客人とのやりとりをすぐそばで見物していた。「いつの間にか」とはこういう事を言うのだろう。いつの間にかその話の中に引き込まれていた。

ある日、ひょんな話から「真打 入船亭扇治落語会」を催すこととなる。普通、当店のような洋風の店が企画するには少しは抵抗があるのだろうが、私はふたつ返事でお願いした。落語に特別興味があった訳ではないが、真打の話を間近で聞く機会などそうないし、話題づくりのひとつとしてという思いもあった。即席の演台急な話で不安もあったが、仲のよい友人には半ば強引に声をかけ、それでも常連さんを中心に(一生寄席に足を運ぶことなどないであろう)25人程が集まった。
ステンレスの四角い調理台にテーブルクロスを掛けてつくった即席台座、客席には折りたたみ椅子を並べ、大きく真打の名が書かれた紙はハンガーにテープでくっ付けてぶら下げた。学園祭でももう少しマシなセッティングをするだろうと申し訳なく思ったが、扇冶さんは座布団さえあれば大丈夫だよぐらいの余裕で、こころよく準備を手伝ってくださった。

チャカチャンリンチャンリンドンドン~ 何ともほのぼのとした出ばやしの音とともに落語が始まったのが午後7時半。ほとんどが素人という事もあり、前半は落語にまつわる説明やわかりやすい小話など、緊張をほぐしリラックスさせる軽い準備体操といった話が主。休憩をはさんでの後半は40分程の本格的なもの。日ごろ客席として2組しか座っていない所に無理矢理詰めた為少し蒸したが、皆暑さを忘れるほど聞き入り、あっという間に終わったという感じだった。楽しいお話で大満足メリハリをきかせ最後には大人向けの小話でしめ、フルコースディナーでいうデザートまでたっぷりいただいた。

いくらテレビが大きく綺麗になろうと、生の迫力や緊張感を伝えるのは不可能なのだとあらためて実感した。夜もふけて笑顔で帰路につく友人達の背中が言う、すばらしい「気」をいただき、「くの上」なく幸せな1日であったと。   お後がよろしいようで・・・。

2006年06月15日

006 サムライブルー

ゲデレーの厨房で大活躍のクロアチアカラーのタイマーワールドカップが始まり、日本中、世界中がサッカー一色になっている。面白いことに、国にはそれぞれカラーというものがあり(ブラジル黄色、アルゼンチン水色など)ファンは当然自国カラーのユニフォームを着、肌ペイントをし、旗を振って応援する。
イメージカラーは国旗に合わせた色が多いが、我が国は青のようだ。「サムライブルー」という何ともこじつけに近いネーミングだが、島国ニッポンの血が騒ぎ、連帯感を生むという点では良いと思う。単純に日の丸国旗の赤と白を基調にしてはどうかとも思うが、協会その他の諸事情もあるのであろう。赤白カラーのクロアチア戦で敵味方がごっちゃになるので青のままで良い。
当店のキッチンタイマーがクロアチア色だったので、何となくタイムリーな話題として書いたのだが、こじつけたという意識はもうとうない。ニッポンがんばれ!