石川県 金沢市近郊、白山市のイタリア料理、フランス料理、ベルギー料理、西洋料理の専門店 ゲデレー GODOLLO ベルギービール、フランスワインも充実
西洋料理店ゲデレー フランス料理、イタリア料理、ベルギー料理、ベルギービール、ワイン

メイン

2009年12月14日

110 古(オールド)

良いものを大事に使うことを特に誇りに思う英国には、新しい靴を嫌うあまり、係の者にその靴をしばらく履かせ、味わいを出させてから履くという紳士さえいるらしい。私は古いものが大好きで、アンティーク店や蚤の市をあれこれ散策するのが楽しみのひとつである。時に紳士の古い靴も並んでいるし、愛用していたステッキや銀食器も見つかる。品を見て一期一会だとピンと感じたなら、それは「買い」の合図。当ゲデレーには、そんな訴えかけられた家具や食器など、思い出深い品が多い。生まれる以前に作られた手作業の、それこそアンティーク物には大量機械生産とはひとつもふたつも違う味があり、使えば使うほど愛着が出てくる。単に古いものが良いというわけではなく、良いものが長持ちし、愛情や味わいが深まり長く付き合えるということであろう。その中で仕事ができる自分は、この上なく幸せだと思わなければならない。

ゲデレー

「古木(オールドウッド)は最もよく燃える。古酒(オールドワイン)は最もよく飲める。古き友(オールドフレンド)は最も信ずるに足る。」とは欧州の古いことわざ。係のものがいったい何年間、その紳士の靴を履くのかは分からないが、時間が少しずつ積み重ねた思い出や歴史は大急ぎではつくれない。科学は進歩し、流行はめまぐるしく変化する今日、半年前が時代遅れになる忙しい現代を生きていくのはなかなか大変である。大事にしてきた愛着ある宝物や、信ずるに足る友まで一緒に使い捨ててしまわぬよう、しっかり本物を見きわめ、時代の波に翻ろうされない店、自分でありたい。

2009年09月17日

106 内装工事(天井)

この程、注文しておいた生地が届いたので天井の内装工事をお願いした。8灯シャンデリアの上には8角形の細工張りを付け、どことなく懐かしい感じの洋館風に仕上げることにした。日本小紋柄と木張りの組み合わせは、ゲデレーを見る見るうちにハイカラな西洋料理店に変えていく。イメージ作り雰囲気作りとして、天井の重要さをしみじみ実感したのであった。

落ち着いた小紋柄の生地と8角形の細工張り

新装!「西洋料理店ゲデレー」またよろしくお願いいたします。

2009年05月30日

098 「西洋」料理店

スーパーの食品売り場で、玉ねぎが赤いネットに、オクラが緑のネットに、みかんが黄色いネットに、にんにくが白いネットに入って売られているのは、実際の色より鮮やかに見せるためだという。ひとつの色に囲まれているところは、囲んでいる外側の色に似て見えるという同化現象効果(フォン・ベゾルト)を利用しているのだそうだ。色彩心理の洗脳ともいえる、一種のテクニックである。

フォン・ベゾルト効果

それはそうと、店主であれば他の店にはない独自の「色」を考えてみる。他にはない色を出せば、確かにこの不況の時代にも強い。では西洋料理店ゲデレーの色は何色であるか、いやこんなご時世だから青息吐息で考えはじめたのではなく、それは常に思っていることである。愛想笑いが出来るタイプではない、料理の味にはもちろん自信はあるが値段だけの勝負ではSゼリヤ系レストランには負ける、ボトルをクルクル回すバーテンダーやフラメンコダンサーもいない・・・。となるとやはり、落ち着いた雰囲気を基本にした「西洋色」を前面に出すのが良いと、最終的に考えはまとまる。

サムライが洋服を着始めてから西洋に対しての同化願望はあるわけだから、平成時代の今、外見的にも内面的にも日本人っぽい日本人を見つけることのほうが難しい。日本色と西洋色は混同され単純な色では表せなくなっているし、難しいことわざを自在にあやつるデーブスペクターの方が、内面的にはよっぽど日本人らしい色を持つ。さて、そんなグローバルに西洋化された現代日本に「西洋料理店」として店を構えたゲデレー、店主の私がのぞき見た西洋を色に形にしていくしかない。辞書でも「西洋」は漠然とヨーロッパ諸国やアメリカを指すのだから、なんとなく中途半端な位置付けであることは否めない。したがって西洋風ネット(網)の力も存分に借りながら定義のない自己満足の世界で自分なりの雰囲気を作っていく、それもまた楽しいものだ。都会の店のように金髪で鼻の高いウエイターでもいればさらにフォン・ベゾルト効果は高いのだろうが、お客様が満足しているのなら網の中身の良し悪しを問うことに意味はない。この石川で、「西洋料理店」という確固たるポジションが確立できるよう今後も地道に努力を続けていきたい。

西洋料理店

2009年04月06日

091 コラムの時間

なにかと忙しく、コラムのために裂いていた時間が取れない今日この頃、お客様からは次々と更新しなきゃだめよ!とのご批判を受け、なんだかプレッシャーにもなってきている。もともと文章を考えることが好きなので、自分自身ライフワーク的に楽しもうと始めたのだが、コラムとしてまとめる時間が正直ないのである。いま現在ご期待に副えていないことは申し訳ないが、何気ない日々の出来事をつらつら書き流すブログ(日記)でないことをご理解いただき、ながい目でみてほしいと思う。

これはこれでありです

何ともいえない何かを感じます

ちょうど旅先の庭園で2体の乙女像に目がとまった。・・・・・何でもかんでも丸出しでは面白くない。ゲデレー風の奥ゆかしさを保ちながら、品格のあるコラムとして花を咲かせたい。

2008年05月20日

065 歴史が育む雰囲気

1000年経つ古寺を訪れた時、その心安らぐ静寂の中に1000年変わらない気がみなぎっていると感じる。また、100年経つレストランで食事した時、その心地よい雰囲気は100年の伝統と誇りの上につくられるのだと感じる。ヨーロッパには、それこそ店ごとアンティークというレストランが数多くあり、時を重ねたことで滲み出てくる重厚感は何ものにも変えられないし、決してマネなど出来ない重みある歴史なのだと感心させられる。
私はゲデレーの店主として、店の雰囲気づくりは最も大切な仕事だと思っている。ロウソク型の暖色照明や古地図、クラシックカトラリーやテーブルクロス、木製の格子窓に石タイル、特に家具はアンティークものをひとつずつ探し、少しでも本場の雰囲気に近づけるように努力しているつもりでいる。和食には日本の、インド料理にはインドの、中国料理には中国の、西洋料理には西洋の雰囲気があり、それぞれの店主の想いが当然店づくりに表れる。当店のような小さい店であればあるほど、店主の想いがその小さい箱にぎっしり詰まるものだ。(最近は箸で食べるフレンチや、町屋を改装したイタリアンなど、和洋折中の店も多いが、雰囲気の点では中途半端さは否めないと私は思う)

当店のような10年も経っていない店が歴史を語ることは恥ずかしいが、ヨーロッパで訪れたレストランにはそれぞれ歴史と伝統があり、お客さんは良い意味でその空気にのみこまれてしまう。出来るならそんな雰囲気づくりを目指したい。そもそも戦後の日本人はオリジナリティー3流、マネ1流などと言われ、欧米の文化を上手くマネて取り入れてきた。私も西洋料理の文化に魅せられたひとりとして、限られた時間のなかで少しでもオリジナルに近づけるように、歴史が育んだ本場の重厚感を「マネ」し続けていくつもりでいる。

日本ではマネできない雰囲気

2008年04月11日

061 こどもの日

普段はのどかなゲデレー横の加賀産業道路もゴールデンウィーク中は、いしかわ動物園へ向かう家族づれの車が連なり混雑する。5月5日はこどもの日。柏餅の柏(かしわ)は、新しい芽が出てこないと古い葉っぱが落ちないので、「家系が絶えない」という縁起のよい木とされる。柏餅が端午の節句に食べられはじめたのは江戸時代に入ってからで、いまに続く男児が重んじられた古い風習のなごりと言える。

家族でゆっくり食事の図さて、当店の方針として、小さいお子様は基本的にお断りしている(基本的にとは貸切の際はかならずしもという意味)。理由は、他のお客様の迷惑になる場合が多いからで、ゆっくりと食事を楽しんでいる横のテーブルで、ワーワー騒いだり泣いたりお皿をフォークでカンカンと鳴らしたり・・・は正直たまらない。個人差はあるとは思うが、家族でゆっくり話をしながら食事ができるのは、子供が小学校高学年ぐらいからではないだろうか。「何歳からならいいんですか?」は、おとなの常識の範囲で判断していただきたいが、隣のテーブルには1ヵ月も前に予約を入れ、この日のデートを楽しみにしている2人がいることも忘れないでほしい。


追伸  小さいお子様のことは予約の際に確認いたしますが、これまで何組もの(予約のない)ご家族様を上記理由により店頭でお断りいたしました。先日、ご理解いただけずご立腹してお帰りになられたお父様は、長崎あたりでかたき討ちでもしそうな湯気をだしており・・・・う~ん、まことに残念です。今回は、ぼやきコラムとして流してください。

2008年02月27日

054 おもしろきこともなき世をおもしろく

柄の部分がピストルで作られたスタンド幕末、黒船に乗り込み密航しようとまでした吉田松陰、その時あまりにも世界に遅れをとっていた日本の行く先を案じ、また過去の威光にばかりしがみ付いて、前を向かない徳川幕府に嫌気がさしていたのであろう。その松蔭がひらいた松下村塾の門弟、高杉晋作もまたその短い人生を日本国に捧げたひとりである。彼はアヘン戦争後の上海派遣で目にした西洋先進国の脅威から、日本に足りない軍艦や最新銃の必要性を痛感する。そして自らも上海でピストルを購入している。(もはや刀で斬りあう時代は終わりと判断したのだろう、実際に伏見寺田屋には当時のピストルの痕が残っている。)また、歴史書などで現在残っている晋作の写真を見ると、髷(まげ)を切り、我々現代人となんら変わらない髪型で写っている。「ヨーロッパへ行ってみたい」とよく言っていたというから、西洋の文化をもっと吸収したいという意思の表れだったに違いない。チョンマゲ時代に彼だけザンギリ頭にピストル、皆にはたいそう変な男に映ったろうと思う。それにしても不自然な髪型だと気づいていても、武士の誇りでもあろう髷を簡単に切ってしまうとは・・・さすがに何を仕出かす分からない革命児である。
彼の恩師、吉田松陰はすこし時代を先取りしすぎたのかもしれないが、最期に大和魂を忘れるなと説いた。革命的な倒幕論を論じ、三味線やピストル片手に幕末を暴れまわった高杉晋作も、死ぬまで愛用の長刀を離さなかったというから、形は違えど武士(もののふ)らしい大和魂を持ち続けていたに違いない。 
当ゲデレーのカウンターにピストルを使ったおもしろい電気スタンドがある。店内インテリアの中でもお気に入りのひとつで、店に入り最初にこのスタンドをつけるのが私の日課である。今日そのスタンドを眺めながら高杉晋作のことをふと思ったので少し書いてみたわけで・・・。不景気で世知辛い世の中、このスタンドのようにちょっとした工夫でおもしろく生きていける。

2008年01月11日

046 レジスター

長年なれ親しんだ「ナショナル」という名がなくなってしまうそうだ。当レストランゲデレーでは古いナショナルレジスターを使っている。ボスロボットのような愛きょうのあるデザインに加え、この重厚感がすばらしい。金庫だから余計に重く作ってあるのかもしれないが、ひとりでは容易に持てないくらいの重さだ。おそらく半世紀も前のものだと思うが、レシート印字部分以外は立派に動く。(もっとも最初は歯車がさび付いていたのを、分解して1日がかりで油を差し修理したのだが、現代のコンピューター搭載の機械とは違い、多少入り組んではいるが合理的で分かりやすく作られていることに感動した。鳴らなかったベルも音高らかに鳴り出した。)金額のレバーを合わせてボタンを押し、右に付いているハンドルをくるくる回すと大小の歯車が連動し、引き出しを出し、数をカウントし、ベルを鳴らし、レシートを出すという具合。

古いレジスターを使っています

以前、どんなお店に置かれていたのかは定かではないが、これからはこのゲデレーでくり広げられる人間模様をずっと見守っていってほしい。またあなたの歯車がさび付く事のないよう、たくさんのお客様に足をはこんでいただける魅力あるレストランを目指すことを私は誓う。そしてこの先コンピューター時代の希薄な世の中の渦にのまれそうになったら、いつもより高らかにベルを鳴らして我々を救ってほしい。「チーン、チーン」と・・・・。

2006年12月10日

026 古い地図

ヨーロッパのアンティークショップで買った古い地図1677年、伊能忠敬が日本地図を仕上げた。その努力と信念には素直に脱帽する。人工衛星が上がり、細かな道路までがナビゲーションされる今日のような時代が来ることを、その時彼は想像できたであろうか。

ゲデレーの壁を飾るもののひとつに、額に入れて仕立てた古い地図がある。ヨーロッパでは、街のあちこちにアンティークを扱う店があり、古い書物や年代物のオリジナル地図などは比較的手に入りやすいので、我が家では気に入った街の古い地図を探すことを旅の楽しみのひとつにしている。見ているとその時代の情勢が何となく分かり面白い。当時の人たちはこんな地図を見ながら旅をしたり、学んだり、時には戦ったりしたのだと思うと歴史を感じてワクワクする。

お客様には、食事の合間にちょっとだけ目をとめていただきたい。現代の地図とは全く違い、それこそひとつの芸術作品と言って良い程のオーラを感じる。パノラマで描かれたもの、細かく距離が書かれたもの、特に青の部屋に掛けてあるブルージュの地図は、低空から見たモチーフで、運河には小船や白鳥の姿まで描かれている優れもの。少なからずそれらはゲデレーの雰囲気を支えていて、お客様の満足度アップに協力してくれていると思う。
雰囲気の話は前にも書いたが、細かい事を言えば、テーブルの配置、クロスの色合い、照明の具合、皿、カトラリー、家具・・・。それらを統一感のあるコーディネートでまとめることは、居心地良い雰囲気づくりには欠かせない課題だ。壁の古地図はじめ、ゲデレーはアンティークの家具などを配し、重厚でクラシックな感じを出せるよう考えている。ただ最近は、つくったハード面プラス、大事なのはソフト面だと感じるようになった。厨房からの食欲そそるにおい、何気ない季節の花や芳醇なワインの香り、スタッフの落ち着いた接客、そして何より楽しそうに食事をするお客様が生んでくれる空気・・・。

悟ったようなことを書いたが、現在36歳、私自身も店とともに歳を重ね、味わいのある古い人間になった時にはもう少し説得力のあるコラムとして読んでもらえるだろうか。


2006年10月27日

021 名窯ヘレンド

ハンガリー ヘレンド村のマンホールの蓋ブダペストの南西約120キロにあるヘレンド、ハンガリーいや世界を代表する磁器がこの小さな村から生み出される。ヘレンドに窯が開かれたのは1826年、フランスのセーヴル窯やオーストリアのアウガルテン窯より100年も遅れてのことだそうだ。時代の流れで陶磁器業界も近代化が進むなか、ヘレンドは創業からずっと機械の導入を拒み続け、職人スタイルを通してきた。形づくりから絵付けまですべて手作業、その一貫したこだわりは高い品質と芸術的な美しさを生み出し、機械には出せない味わい深さが感じられる。特に絵付けの繊細さはまさに芸術といえる。(現地では一連の工程が見学できる。訪れたのが雪の降る2月で、見学者は私と妻だけだったが、真面目そうな女性の職人さんがやって来て目の前で絵皿の色付けを見せてくれた。食い入るように見ている私たちに気づき、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑ったのがとても印象的だった。)
ヘレンド磁器は19世紀半ばからヨーロッパ貴族の間で愛好され始め、万博などを機に世界中のVIPや陶磁器ファンを魅了した。また「ゲデレー」に代表されるシノワズリー(中国趣味)の様式を取り入れ、独自の世界を確立したことでファン層を広げた。

ヘレンドの特徴であるハンドペインティングは熟練の職人によって生み出される時代遅れなまでの徹底した手仕事で今日の地位を勝ち取ったヘレンドには、歴史と誇りを感じさせる重量感、堂々とした風格が感じられる。そして何より素朴な職人さんのあたたかさが伝わってくるようだ。

当店でも、コーヒー、ティーカップを多種用意。ぜひハンガリーの名窯ヘレンドを楽しんでいただきたい。

2006年10月17日

019 レストランのイメージ

ベルギー フランドル地方の水の都ブルージュのレストランサッカーボール・・白黒、すいか・・夏、オランダ・・風車、あり・・働き者、連想ゲームのキャプテンが出すヒントは、誰もが潜在意識のなかで思い描くイメージに基づいている。「レストラン」が答えだとしたら、キャプテンはどんなヒントを出すのだろうか。幼い頃見た絵本の影響が強いのか、三角屋根のレンガ造りで煙突があって、入り口には赤いテントがあって、メニューや看板を照らす外灯がひとつあって・・は、私のなかの洋食レストランのイメージ。何となくそんな感じ。

ブルージュに旅行した際、外観だけではあるが当店とよく似たレストラン(兼ホテル)を見つけた。手本にしたわけではないが、絵本にはじまり、写真や映画、雑誌やテレビから長年感じとっていたイメージ、私が思い描いていたヨーロッパ風のレストランのかたちがこれだったのかも知れない。

遠く離れたヨーロッパにもジャパニーズレストランはけっこうあり、そこそこ繁盛している様子。入り口には、のれんに狸(たぬき)の置物、キリンラガーのビール看板、ウインドウには掛け軸や着物、鎧かぶとなどのディスプレイ、春夏冬(秋がないのであきない)中なんて出している粋な店まであり感心する。彼らなりにジャパンをいろいろ研究し、努力したのであろう。母国の人にはベタな雰囲気が逆に微笑ましいものだ。
今年5年目のゲデレー、100年以上も経つレンガや苔のはえた古いテントはさすがに真似出来ないが、これから少しでも良い雰囲気を出せるよう努力したい。

西洋料理店ゲデレー


2006年09月05日

015 食器は料理のキモノ

出番を待つ色とりどりのお皿刺身なら刺身で、庖丁の冴えとか取りあわせのツマの色、あるいは形、そういうものを大切に注意するが、そうすることによって料理に美しい感じを与え、全体としてみれば、料理がそれによってうまくなるからに他ならない。こういうふうに、料理において尊ぶ美感というものは、絵とか、建築とか、天然の美というものと全く同じであり、美術の美というも、料理上の美というも、その元はひとつで同じ内容のものである。料理そのものを美化すると同時に、それらを盛る器も、あれこれといろいろに苦心が払われているのだ。料理を問題とする人は、勢い食器をも同等に問題とする。これが当然の成り行きである。北大路魯山人は著書のなかで「食器は料理のキモノ」と題し、このように書いている。

小規模な店では、クローゼットにも限りがあるので、コーディネートにはある程度のセンスが要求されるのが現実。合わせる皿の色や柄によっては、なんともアンバランスで食欲のそそらない料理になってしまうのだ。魯山人のように料理に合わせて食器をつくることは、オーダーメイドのキモノを仕立てると同じで最高の贅沢であろう。私の場合、よく使うお気に入りの器が何枚かあるが、すべて白を基本にした控えめな柄の丸皿である。真白い皿は味気なくて好きではないが、奇抜な色の皿に料理を盛る気もしない。食器を購入する際も、あれこれ悩んだあげく、最終的には飽きの来ない無難なものに落ち着くことが多いのだが、それはシンプルな和食と違い、ソースを多く使う洋食的コーディネートだと思ってほしい。

料理と食器のハーモニーをお楽しみくださいひとつ言える事は、服のオシャレは自分を売り込む一番の手段であり、単純に楽しいものだ。普段はシックなデザインの「ノリタケ」をよく使う一方、テーブルセッティングの飾り皿として映えるのは断然「アビランド」「レイノー」「ヘレンド」といったにぎやかな洋皿だという認識も持っている。料理を盛るための皿と必ずしもそうでない皿を使い分けるセンスも含め、今ある中で一番合うものを選択する感性は魯山人と私では違う。ただ、常にその意識を持って食器を選択していることにおいては同じであり、彼の考え方を尊敬し実践しているひとりだと自負している。
最先端のパリコレのステージでは、奇抜なデザインの服を着たモデルが闊歩しているが、それは飾り皿と同じで、日常の着こなしセンスとは別の世界。私の日々の仕事は、T.P.O.に合わせ、その食器にふさわしい料理をつくり、その料理にふさわしい食器をえらぶ事である。

2006年08月21日

013 2千円札効果

今となってはめずらしい二千円札しわのない新しいお札はとても気持ちが良い。私は週に2、3度銀行へ行き、おつりの為の両替をする。「おつりを新札で向きをそろえてお返しすることは、お客様への最低限の心配りである」と、20代半ばに何かの本で読み、現在ゲデレーでも続けている。
1万円札を除く3種類、いまだにあまり見かけない2千円札も常備する。銀行の窓口でも再確認されるほど認知度は低いが、私は2千円札をつとめて使うようにしている。会計の際「めずらしいね」「久しぶりの~」などと、思わずお客様に笑みがこぼれることが何気ないコミュニケーションの潤滑油となり、帰り際がなごやかになるのだ。忘れた頃に財布から顔を出したその2千円札から再び当店を思い出すこともあろう。紫式部はつまり、かくれた営業マン。些細なことではあるが、ゲデレーのスタイルとして今後も続けていくつもりである。

2006年06月11日

005 トータルバランス

ゲデレーの雰囲気作りに大切な役割を果たすBGM

店構えや職種により B.G.M.が変わるのは普通であり、流れる音楽がその店と合うか合わないかはお客様それぞれが判断することである。しかしながら、一定のセオリーはありそうだ。演歌を聴きながらフランス料理はないだろうし、せかせかとテンポの速い曲が流れるレストランも落ち着いて食事ができないもの。

ゲデレーで流す音楽は、自分達が楽しく働けるよう好きな曲を選択してCDにまとめてある。ベートーヴェンやモーツァルトなど、主にクラシックが多いのだが、バレエの練習曲やメロディーのきれいなクラシックギター曲、緩やかなテンポのジャズなども準備してあり、昼と夜、その日の天気や気分で音楽は変わっていく。もっぱらそれは音楽家でもある妻の仕事。時折、お客様の前で鼻歌がでることもあるが、気にしない気にしない、「楽しく仕事をすれば良い」がモットーのゲデレーなのである。

とかくレストランは、味覚だけにとらわれがちな業種であるが、いろいろな店や情報量が多すぎる今、味だけでは人の記憶にとどまり続けることは不可能に思われる。料理はもちろんであるが、味覚、視覚、聴覚、嗅覚、触覚の五感で満足していただけるトータルバランスの良いレストラン、そしてそれをごくごく自然にできる店を目指したい。

2006年05月10日

001 テーブル上の名脇役

ゲデレーのテーブルフラワー5月、色とりどりの花が一斉に咲き始める季節。蜂も軽やかに行き来して、とても楽しそうである。
ゲデレーのテーブルを飾る花は、季節感をもたせ出来るだけ我が家で育てた切りたてを使うように心がけている。生花は料理の新鮮さを連想、アピールするとも言われ、レストランでは必須のアイテム。
ヨーロッパでは、植木鉢ごとテーブルにドンと置いてある店もあり、大胆さに驚くこともしばしばである。いささかやり過ぎの店も多いのだが、それぞれの個性があらわれておもしろいものだ。ベルギー ブリュッセルのフレンチ レストラン

たおれる不安を感じさせる背の高い花瓶、料理やワインのじゃまをする香りの強い花は避けるが、基本的に野花のような花も使い、アレンジするのが好きである。

花はホッと皆の心をなごませて、自然に楽しい会話を生み出してくれる。そこに豊かな時間が流れることで、食事もおいしく感じるものだ。
てなわけで、当店にとってもなくてはならないテーブル上の名脇役のお話でした。