065 歴史が育む雰囲気
1000年経つ古寺を訪れた時、その心安らぐ静寂の中に1000年変わらない気がみなぎっていると感じる。また、100年経つレストランで食事した時、その心地よい雰囲気は100年の伝統と誇りの上につくられるのだと感じる。ヨーロッパには、それこそ店ごとアンティークというレストランが数多くあり、時を重ねたことで滲み出てくる重厚感は何ものにも変えられないし、決してマネなど出来ない重みある歴史なのだと感心させられる。
私はゲデレーの店主として、店の雰囲気づくりは最も大切な仕事だと思っている。ロウソク型の暖色照明や古地図、クラシックカトラリーやテーブルクロス、木製の格子窓に石タイル、特に家具はアンティークものをひとつずつ探し、少しでも本場の雰囲気に近づけるように努力しているつもりでいる。和食には日本の、インド料理にはインドの、中国料理には中国の、西洋料理には西洋の雰囲気があり、それぞれの店主の想いが当然店づくりに表れる。当店のような小さい店であればあるほど、店主の想いがその小さい箱にぎっしり詰まるものだ。(最近は箸で食べるフレンチや、町屋を改装したイタリアンなど、和洋折中の店も多いが、雰囲気の点では中途半端さは否めないと私は思う)
当店のような10年も経っていない店が歴史を語ることは恥ずかしいが、ヨーロッパで訪れたレストランにはそれぞれ歴史と伝統があり、お客さんは良い意味でその空気にのみこまれてしまう。出来るならそんな雰囲気づくりを目指したい。そもそも戦後の日本人はオリジナリティー3流、マネ1流などと言われ、欧米の文化を上手くマネて取り入れてきた。私も西洋料理の文化に魅せられたひとりとして、限られた時間のなかで少しでもオリジナルに近づけるように、歴史が育んだ本場の重厚感を「マネ」し続けていくつもりでいる。






さて、当店の方針として、小さいお子様は基本的にお断りしている(基本的にとは貸切の際はかならずしもという意味)。理由は、他のお客様の迷惑になる場合が多いからで、ゆっくりと食事を楽しんでいる横のテーブルで、ワーワー騒いだり泣いたりお皿をフォークでカンカンと鳴らしたり・・・は正直たまらない。個人差はあるとは思うが、家族でゆっくり話をしながら食事ができるのは、子供が小学校高学年ぐらいからではないだろうか。「何歳からならいいんですか?」は、おとなの常識の範囲で判断していただきたいが、隣のテーブルには1ヵ月も前に予約を入れ、この日のデートを楽しみにしている2人がいることも忘れないでほしい。
幕末、黒船に乗り込み密航しようとまでした吉田松陰、その時あまりにも世界に遅れをとっていた日本の行く先を案じ、また過去の威光にばかりしがみ付いて、前を向かない徳川幕府に嫌気がさしていたのであろう。その松蔭がひらいた松下村塾の門弟、高杉晋作もまたその短い人生を日本国に捧げたひとりである。彼はアヘン戦争後の上海派遣で目にした西洋先進国の脅威から、日本に足りない軍艦や最新銃の必要性を痛感する。そして自らも上海でピストルを購入している。(もはや刀で斬りあう時代は終わりと判断したのだろう、実際に伏見寺田屋には当時のピストルの痕が残っている。)また、歴史書などで現在残っている晋作の写真を見ると、髷(まげ)を切り、我々現代人となんら変わらない髪型で写っている。「ヨーロッパへ行ってみたい」とよく言っていたというから、西洋の文化をもっと吸収したいという意思の表れだったに違いない。チョンマゲ時代に彼だけザンギリ頭にピストル、皆にはたいそう変な男に映ったろうと思う。それにしても不自然な髪型だと気づいていても、武士の誇りでもあろう髷を簡単に切ってしまうとは・・・さすがに何を仕出かす分からない革命児である。
1677年、伊能忠敬が日本地図を仕上げた。その努力と信念には素直に脱帽する。人工衛星が上がり、細かな道路までがナビゲーションされる今日のような時代が来ることを、その時彼は想像できたであろうか。
お客様には、食事の合間にちょっとだけ目をとめていただきたい。現代の地図とは全く違い、それこそひとつの芸術作品と言って良い程のオーラを感じる。パノラマで描かれたもの、細かく距離が書かれたもの、特に青の部屋に掛けてあるブルージュの地図は、低空から見たモチーフで、運河には小船や白鳥の姿まで描かれている優れもの。少なからずそれらはゲデレーの雰囲気を支えていて、お客様の満足度アップに協力してくれていると思う。
ブダペストの南西約120キロにあるヘレンド、ハンガリーいや世界を代表する磁器がこの小さな村から生み出される。ヘレンドに窯が開かれたのは1826年、フランスのセーヴル窯やオーストリアのアウガルテン窯より100年も遅れてのことだそうだ。時代の流れで陶磁器業界も近代化が進むなか、ヘレンドは創業からずっと機械の導入を拒み続け、職人スタイルを通してきた。形づくりから絵付けまですべて手作業、その一貫したこだわりは高い品質と芸術的な美しさを生み出し、機械には出せない味わい深さが感じられる。特に絵付けの繊細さはまさに芸術といえる。(現地では一連の工程が見学できる。訪れたのが雪の降る2月で、見学者は私と妻だけだったが、真面目そうな女性の職人さんがやって来て目の前で絵皿の色付けを見せてくれた。食い入るように見ている私たちに気づき、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑ったのがとても印象的だった。)
時代遅れなまでの徹底した手仕事で今日の地位を勝ち取ったヘレンドには、歴史と誇りを感じさせる重量感、堂々とした風格が感じられる。そして何より素朴な職人さんのあたたかさが伝わってくるようだ。
サッカーボール・・白黒、すいか・・夏、オランダ・・風車、あり・・働き者、連想ゲームのキャプテンが出すヒントは、誰もが潜在意識のなかで思い描くイメージに基づいている。「レストラン」が答えだとしたら、キャプテンはどんなヒントを出すのだろうか。幼い頃見た絵本の影響が強いのか、三角屋根のレンガ造りで煙突があって、入り口には赤いテントがあって、メニューや看板を照らす外灯がひとつあって・・は、私のなかの洋食レストランのイメージ。何となくそんな感じ。
刺身なら刺身で、庖丁の冴えとか取りあわせのツマの色、あるいは形、そういうものを大切に注意するが、そうすることによって料理に美しい感じを与え、全体としてみれば、料理がそれによってうまくなるからに他ならない。こういうふうに、料理において尊ぶ美感というものは、絵とか、建築とか、天然の美というものと全く同じであり、美術の美というも、料理上の美というも、その元はひとつで同じ内容のものである。料理そのものを美化すると同時に、それらを盛る器も、あれこれといろいろに苦心が払われているのだ。料理を問題とする人は、勢い食器をも同等に問題とする。これが当然の成り行きである。北大路魯山人は著書のなかで「食器は料理のキモノ」と題し、このように書いている。
ひとつ言える事は、服のオシャレは自分を売り込む一番の手段であり、単純に楽しいものだ。普段はシックなデザインの「ノリタケ」をよく使う一方、テーブルセッティングの飾り皿として映えるのは断然「アビランド」「レイノー」「ヘレンド」といったにぎやかな洋皿だという認識も持っている。料理を盛るための皿と必ずしもそうでない皿を使い分けるセンスも含め、今ある中で一番合うものを選択する感性は魯山人と私では違う。ただ、常にその意識を持って食器を選択していることにおいては同じであり、彼の考え方を尊敬し実践しているひとりだと自負している。
しわのない新しいお札はとても気持ちが良い。私は週に2、3度銀行へ行き、おつりの為の両替をする。「おつりを新札で向きをそろえてお返しすることは、お客様への最低限の心配りである」と、20代半ばに何かの本で読み、現在ゲデレーでも続けている。
5月、色とりどりの花が一斉に咲き始める季節。蜂も軽やかに行き来して、とても楽しそうである。