055 ドンペリニヨン
「冷血の北方人のようである。最初は快活にスタートするが、考え直したかのように冬の間長い冬眠をする。そして次の年の春から初夏に目を覚まし、残してあった仕事に取りかかる。」アンドレシモンはその著書でシャンパンについてこのように書いている。つまり発酵の過程を例えたものであるが、その遅れた発酵によりあのシャンパンの命の泡(バブル)が生まれる。
ドンペリニヨンは1639年にフランスに生まれ19歳で出家、30歳でシャンパーニュ州ベネディクティン僧院の酒庫係長に任ぜられる。昨今「ドンペリ、ドンペリ」と高級シャンパンの代名詞のように使われているのは、この酒庫係の名前である。死ぬまでの47年間そこで酒庫係を続けた彼は、その功績から「シャンパンの発明者」だとか「瓶に泡を入れた魔法使い」だなどと言われている。しかし本人は、人より少し研究熱心で人より少しワイン造りに長けていただけで、シャンパンは出来るべくして出来たワインだとさらり言うことだろう。事実そんな栄誉は彼に与えられていない。とはいえ彼の残した功績は偉大なもので、彼によってシャンパーニュ地方のワインの品質が格段に上がったことは間違いない。シャンパーニュ地方では当時、油に浸した麻糸を束ねたものにロウを塗って栓をしていたが、彼はコルク栓を紹介し、安定したワインの貯蔵を可能にした。その事と北方人の性格が重なり、今まで外に逃げていた炭酸ガスが瓶内に残ったと言う訳だ。瓶の口を針金で縛ってあるのは、炭酸ガスの勢いでコルクが飛んでしまわないように、また銀紙でそれを覆ってあるのは、穴倉の湿気で針金がダメにならないようにという工夫である。

アンドレシモンはまた、ドンペリニヨンについても書いている。「彼はシャンパーニュの人々に彼らのワインをどうしたら一番良いものに出来るかということを最初に教えた人である。」
シャンパンの王「ドンペリニヨン」、冷やしておきます! 予約時に「ドンペリ頼む」と一言。





ビンに詰められ、栓をされた時からそのワインの熟成という人生がスタートする。知っての通り、ワインはそのコルクを通し呼吸をしながら熟成し、静かに抜かれる日を待つ。人間で言えば肺の役割か。状態が良ければ半世紀以上も熟成し続けるワインもあるのだから、コルク肺の役割はとても重要である。一般的に肺活量は多い方が良いとされ、コルクであればそこそこ長いものがよい。しかし現在は昔に比べコルク材が減り、長くて上質なものがだんだん少なくなってきているのが実情。最大の産出国ポルトガルでは、第1級品たる要素を備えてくるのは、樹齢4、50年からで、品質はコルクの木皮を剥がすたびに良くなっていくと言われている。剥がされながら150年くらいは繁茂するらしいが、それでも需要に追いつかないのは、ワインブームのせいか、異常気象のせいか・・・。
最近は、スクリューキャップや(ホームページなどが書かれた)人工コルクが代用される時代で、ヴィンテージ(収穫年)や造り手の名前、シャトーの絵柄が焼印される風情あるコルクたちは少しずつ消えつつある。また、便利さを追求しペットボトル入りワインも出てきているというから、いささか行き過ぎの感がある。あまり考えたくはないが、ワイングラスの横に、ながい役目を終えたそのコルクを眺め、見事に熟成されたワインを味わう、そんな楽しみが遠いいにしえの事となる日が将来やってくるのかも。
フランスでは、ワインに関して数多くの規制が定められており、A.O.C. V.D.Q.S ヴァンドペイ ヴァンドターブルと大きく4つにランク分けされる。その最高位はA.O.C.(アペラシオン ドリジン コントローレ 原産地呼称統制)ワインと呼ばれ、それは厳しい条件を満たしたワインだけに与えられる称号である。つまり、どの地域でとれたかが分かる、「出どころ明確ワイン」である。その中でもボーヌロマネのように特定村名を名のれるものはさらに良く、村の中でも最も条件のよい畑は特級畑と格付けされ、大ピラミッドの頂点に君臨する。ロマネコンティの他にもいくつかあるのだが、それらひと握りのワインは「クリマ(銘柄畑)」と呼ばれ、世界中のワイン愛飲家達がこぞって買い求める貴重で高価なワインなのである。

ある日、裁判で日本人とフランス人に懲役20年の刑が言い渡された。ひどく落胆しているふたりに刑務官は10年ごとにひとつだけ望みを叶えてやると約束した。
ワインはおいておけばおくほどおいしくなると思っている人は意外に多い。現に私の実家の棚に何年も同じワインが飾ってあったので、聞けばまさにそう答えた。最近は6本や12本サイズの手頃なワインセラーが発売されているので、もし家でワインを熟成させたいのなら、購入を考えたほうがよい。ただ、ワインにはそれぞれ飲み頃があるので、そのワインをおいしく楽しみたいなら飲み頃を過ぎないように注意が必要だ。現代ワインの傾向として、タンニンがなめらかで若いうちから飲めるものが主流なので、栓を抜く時期は遅すぎるより早すぎるほうがよいと私は思う。長熟が特徴のボルドーワインでも20年以上も熟成するものはそう多くはないし、同じ銘柄でも造られた年(ヴィンテージ)によって飲み頃に差があるのは言うまでもない。買ったワインの飲み頃がよく分からないなら、ワインショップの専門家に尋ねるか、インターネットで検索してみるか、それこそ1000冊をゆうに越えるワイン解説本が出版されているので、調べてみるのが賢明だ。(なかでもロバート.パーカーJr.の評価は、世界基準ともいえる信頼性の高いものなので私も参考にしている。)そして探しても見当たらない場合、そのワインは今晩でも飲んでしまおう。
戦国時代劇で時折、「これは、めずらしい南蛮渡来の酒じゃ」と言って小さなグラスでワインを飲むシーンをみかける。ワインが日本に入ってきたのはちょうど16世紀の安土桃山時代、フランシス・ザビエルが西国の武将大内義隆に献上(1551年)したのが始めとされている。当時の人々の目には、血の色をした贈り物、さぞ奇妙な飲み物と映ったであろうが、ひと口飲めば酒の魅力は万国共通、武将同士でワイン樽を取り合いになったとかならなかったとか。
前にビールの王冠を集めている王冠コレクターが意外に多いと書いたが、どうやら私もコレクター気質のようで、いろいろ集めているものがある。(ある占いの本によれば、向いている職業は地味な古美術収集と遺跡発掘なのだそうで納得。)今回はその中のひとつを紹介する。
話を本題に戻す。私はワインが好きで、職業柄、飲む機会も人より多いと思う。最高の場所、最高の料理と共に飲むワインは格別である。ただ、哀しいかなどんなにおいしいワインを飲んでも人の記憶はあせて行くものである。舌に残る味の記憶など、どんどん曖昧になって、挙句の果てには「おいしかった。おいしくなかった。ふつう。」この3つのどれかで片付けられてしまう。それが嫌で私は、時々ホルダーを開いて、今まで飲んだワインのキャップシールやラベルを見かえし味の記憶を辿る。香りやはっきりとした味までは思い出せないが、添えられた感想メモなどを見ると、その時感じたワインの特徴を再確認できるのだ。こうやってひとつひとつ思い出を取って置いたことで楽しく過ごした時間がよみがえる、思い出をハンティングする楽しみが生まれる。今回はワインと永く付き合っていく私のもうひとつの楽しみ方を紹介した。