石川県 金沢市近郊、白山市のイタリア料理、フランス料理、ベルギー料理、西洋料理の専門店 ゲデレー GODOLLO ベルギービール、フランスワインも充実
西洋料理店ゲデレー フランス料理、イタリア料理、ベルギー料理、ベルギービール、ワイン

メイン

2009年07月11日

104 フランス旅行記 アルザス3

フランス旅行記アルザス編の最後に、これぞアルザス!といったすばらしいコロンバージュを紹介したい。

木組みの家

木組みの家

木組みの家

木組みの家

木組みの家

木組みの家

木組みの家

木組みの家

木組みの家

木組みの家

木組みの家

木組みの家

木組みの家

ゲデレー
おっと失礼!白山市にある「西洋料理店ゲデレー」の写真がまぎれ込んだようで・・・。にせ木組みだが、なかなかおしゃれな店らしい。TEL076-277-6625。ホームページもある。
木組みの家

木組みの家

木組みの家

ストラスブール大聖堂前

東はドイツとの国境を流れるライン川、西はヴォージュ山脈に挟まれた細長いこのアルザス地方は、幾度となく戦乱に巻き込まれ、領土の取り合いから国籍がめまぐるしく変わった地域である。そんな波乱に満ち、変化する境遇のなかで、アルザスの人々は自分たち独自の文化、アイデンティティーを守り抜こうとする意識が逆に強くなっていったのかもしれない。今回のようにワイン街道に点在する田舎町をぶらぶらと眺めているだけでも2,3日は楽しめそうだが、当然ながらどの町も世界各国からの観光客で混雑しており、人疲れは必至。現在も国籍のにぎやかなアルザスなのであった。

さて、いよいよ旅はブルゴーニュへ。ボーヌの町を拠点に名立たる村々を訪ねる。

2009年07月10日

103 フランス旅行記 アルザス2

フランス旅行記アルザス編の続き。
アルザスワインの生まれた町、エギスハイムを出発しワイン街道へ。次の目的地リボーヴィレまでまた自転車を走らせる。

ワイン街道
のどかなワイン街道。左右に広がるぶどう畑の中を行く。

走ること1時間。「アルザスの真珠」と言われ、15世紀から17世紀の町並みを色濃く残す町リボーヴィレに到着する。

リボーヴィレの町
リボーヴィレは人口1000人ほどの小さな町。
陽気なワインの看板
陽気なワインの看板が出迎えてくれた。白ワインのイメージが強いアルザスワインだが、ピノ・ノワール種で造る赤ワインも意外と美味である。
ディスプレイされたワイン
ディスプレイされたワインが、訪れる人たちの舌をくすぐる。
このような足が緑のかわいらしいグラスで飲むのがアルザス流
このような足が緑のかわいらしいグラスで飲むのがアルザス流。
コウノトリ
そしてアルザスのシンボルといえば、コウノトリ。
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アルザスではまた、シャンパンのようなスパークリングワインも数多く造られる。
ブラッスリー、ビアレストラン
ドイツの影響も受けるアルザス地方では、ワイン同様ビールの生産も非常に盛んである。有名なクローネンブルグもアルザスのメーカー。よってこのようなビールをメインに出しているレストランも所々にあるのだ。
ワインの造り方博物館
小さなワイン博物館を併設している生産者を訪ねることに。
ワイン造りの人形
人形をつかって、昔ながらのアルザスワインの造り方をわかり易く説明してあった。
ワイン生産者 トリンバック
アルザスワインを代表する生産者の「トリンバック」も、ここリボーヴィレに拠点を構える。
笛ふき男
もうすぐ「笛ふき男」のお祭りが始まる。リボーヴィレの町あげてのお祭りらしく、各地からの観光客で賑わうそうだ。


・・・・予約したディナーの時間が近づいてきたので、またぶどう畑を眺めながらコルマールまでのんびり帰ることにした。

ちょっと休憩
途中、自転車を脇に止めてぶどうの様子をうかがう。
アルザスのぶどう畑の高さは約2メートル
アルザスのぶどう畑の高さは約2メートルと、フランスでも珍しく高く作られている。これは地熱の吸収を避ける意味があるそうで、実るぶどうは糖度が上がらないため、アルザス特有の酸味の強いワインが出来るのだという。どの畑にもパンパンではじけそうなぶどうがたわわに実っていた。
ぶどう
リースリング。
ぶどう
ピノ・ノワール。
ぶどう
これはピノ・グリだろうか。

幾多の戦乱に巻き込まれ、歴史の影で常に翻ろうされてきたアルザスだが、畑のぶどうだけはこうして実り続けた。そして変わらぬワインの味はアルザスの人々をほっとさせ、心の支えになっていたのかもしれない。
それにしても天気がよく、さわやかで有意義な1日であった。夜はシュークルートが待っている。


2009年07月01日

101 フランス旅行記 アルザス1 

シャンパーニュからTGVに乗り、アルザスへ。フランス旅行記の続き。

アルザス コルマール駅
アルザス コルマール駅に到着。
アルザス コルマールの風景
アルザス コルマールの風景。
アルザス コルマールの風景
アルザス コルマールの風景。
アルザス コルマールの風景 ワイン屋さん
アルザスといえば、まず思い浮かべるのが「コロンバージュ」と言う可愛らしい木組みの家、そしてワイン。ヴォージュ山脈に沿って170キロにも及ぶワイン街道には、中世の姿そのままの田舎町が幾つか残っており、今現在も美味しいアルザスワインを造り続けている。今回は「ハウルの動く城」の街並みのモデルにもなったコルマールという町に滞在し、ワイン街道を見学する計画である。
レストラン
ワイン街道の中心拠点であるコルマールにはワインショップはもちろん、レストランも数多くあり、シュークルートなどの名物料理と美味しいワインが楽しめる。建ち並ぶ木組みの家々は花で飾りつけられ、色とりどりの壁とマッチし、まさに映画の中に入り込んだような感覚になる。


・・・さて翌朝。晴れ。早起きをし自転車を借りるため店の開店を待つ。なにしろ旅は朝が勝負!充実した時間を少しでも長く、貴重な体験を少しでも多くと、こんな快晴の日は特に気がはやる。最初の目的地であるエギスハイムまでは10キロ以上、そこからリヴォーヴィレまでもまた10キロ以上はありそうだから、出来るだけ早く出発したいのだ・・・・が、なぜかこういう所の自転車係のおじさんは、だいたいモタモタするのだ。

レンタル自転車
レンタル自転車屋。
ひたすら自転車をこぐ
おじさんが出してきたのは、ママさん自転車に毛がはえたような自転車だったが、まあまあ仕方ない。モタついている時間はなく、とにかくエギスハイムへとひた走る。エギスハイムはアルザスで最初にワイン造りを始めた村、アルザスワインの出発点である。
自転車専用道路
自転車専用道路。
ワイン街道
30分ほどで郊外のワイン街道へ出た。
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山肌を覆う一面のぶどう畑を眺めながら、新鮮な空気を胸いっぱい吸い込む。抜けるような青空が広がり、ペダルをこぐ足にも自然に力がみなぎってくる。時折、すれ違う自転車たちと軽い挨拶を交わしながら、ツールドフランス並みのスピードでエギスハイムへ到着。
エギスハイムへ到着

エギスハイムの町並み
エギスハイムの町並み。まだ早いのか、あまり人がいない。ゆっくり町を見学する。
ワイン生産者の名前が書かれた案内板
ワイン生産者の名前が書かれた案内板。小さい村ながら今も多くの生産者がワインを造っている。
ワイン生産者
ワイン生産者。
ワイン生産者
ワイン生産者。

アルザスワインは単一品種のぶどうで造られるのが特徴で、ボルドーやブルゴーニュのようにシャトー名や村名ではなく、単純にそのぶどうの品種名がラベルに書かれている。アルザスらしいラベルデザインも魅力的で、多くがドイツのモーゼルタイプ緑色の瓶に入って、とてもスマートである。

1580年創業のレオン・ベイエ
1580年創業のレオン・ベイエは世界的にも高い評価を得ており、有名である。入口が開いていたので、さっそく試飲をお願いすることに・・・。
代表品種のリースリング
快く3種類のワインを試飲させてくれた。まずは、さわやかで良質なアルザスワインを生み出す代表品種がリースリング。すばらしいブーケと適度な酸味、他には見られない上品な果実味が特徴。
ゲヴェルツトラミネールとピノグリ
芳醇なバラの香りのようなアロマを持つ品種はゲヴェルツトラミネール。独特の風味が愛好家に大変好まれている。約300年前にハンガリーのトカイから移植され、トカイダルザスとも言われる品種がピノグリ。黒ぶどうだが薄いピンク色の白ワインができ、まろやかだが力強さもあわせもつ。とても美味しかったゲヴェルツトラミネールを1本購入。

エギスハイムをあとにする
お昼前、観光客で混んできたのでエギスハイムを出発し、次のリヴォーヴィレへ向かう。

2009年05月19日

097 フランス旅行記 シャンパーニュ3 アイ

エペルネーから電車でアイへ向かう。ボランジェなどで有名なアイ村のシャンパンは、黒ぶどうピノ・ノワール種を多く使ったコクのある味わいが特徴で、ちいさな村ながら世界中に注目されている。

ボランジェの畑 ピノ・ノワール

アイ駅は本当にちいさな田舎の駅で、私のほかには数人の小学生が降りただけだった。そしてあいにくの雨・・・。注目はされてもわざわざアイまで来る人は少ないのか、標識や地図も見当たらない。とりあえず小学生の後ろを怪しまれないよう一緒について行くことにした。それにしてもヨーロッパの田舎は、時が止まったようにゆっくりゆっくり流れている。日本と同じ速さで時間が流れているとはとても思えない。雨さえ上がってくれれば、のどかな散策なのだが・・・と、やっと見つけた小さなカフェで雨宿りがてらのコーヒーブレイクとした。
カフェ内では数人がカウンターでワイン片手に半分出来上がっている様子。聞けばシャンパン工場で働く仲良し3人組で、昼休みの団らん中らしい。いちばん明るいおじさんは老舗メーカー「ゴッセ」、あとのふたりは「ボランジェ」の樽工場で働いている人たちだそうだ。私が日本でレストランを営んでおり、ワイン産地巡りとしてこの村へやって来たと伝えると、「よし、俺について来い!」と雨の中を足早に歩き出した。幸運にも「ゴッセ」のマネージャーに頼んで、特別にカーヴを見学させてあげるというのだ。
こんな地図じゃ分かんないぜとゴッセのおじさん
こんな地図じゃ分かんないぜ!ムッシュ。
俺が口をきいてやるぜとゴッセのおじさん
俺が口をきいてやるぜ!ムッシュ。
「ボランジェ」の樽工場
おじさんに付いてしばらく歩くと「ボランジェ」の樽工場に到着する。樽から「ボランジェ」の良い香りが漂ってきた・・・感じがした。
「ボランジェ」
あの007ジェームズ・ボンドも愛した「ボランジェ」。
ゴッセ
「ゴッセ」到着。


「ゴッセ」とは、当時アイの市長だったピエール・ゴッセが1584年に設立しシャンパーニュで最も古い歴史を持つメゾンで、加えて昔ながらの伝統的技法にこだわり続けている老舗中の老舗である。「ゴッセ」の製法の最大の特徴は、一番搾りのぶどう果汁だけを用い、マロラティック(MLF)発酵を行わないところにある。 <マロラティック発酵とは、乳酸菌を用いすっぱいリンゴ酸をまろやかな乳酸に変える発酵のことで、アルコール発酵の次におこなわれるため2次発酵とも呼ばれている。通常赤ワインの製造過程でおこなわれる発酵だが、ブルゴーニュ白ワインの多くは、まろやかで芳醇な香りを出すためにおこなっている。ロワールワインやブルゴーニュでもシャブリの酸味がシャープなのは、マロラティック発酵をおこなっていないからである> つまりは、ぶどう果汁本来の酸味とアロマが残り、とてもフレッシュなものになるということだ。

輸出担当のマネージャーのフィリップさん
輸出担当マネージャーのフィリップさんがこころよく出迎えてくれた。最大手の「モエ・エ・シャンドン」社と違い、このアットホームさが嬉しい。
アイの位置関係と特徴を丁寧に説明
アイの位置関係と特徴を丁寧に説明してくれた。
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工場内は、何とも言えないあまい香りに包まれていた。
ルミアージュ中
クリスマス用の大きいボトルを今ルミアージュしているのだという。もちろん手作業で、毎日少しずつ回して澱を沈める。
セラーの中はひんやり
セラーの中はひんやり。たくさんの古いヴィンテージワインが眠っている。
デゴルジュマン
さていよいよデゴルジュマン!ビン先に溜まった澱を抜き取る作業。
デゴルジュマン
先をマイナス30度近くで凍らせて栓を抜く。
デゴルジュマン
中のガス圧により凍った澱が飛び出す。
コルクを詰める作業
コルクを詰める作業。若いお兄さんは、異国からの見学者がうれしいのか、詰める前のコルク栓を2個おみやげにくれた。
誇りをもって仕事をするおじさん
誇りをもって仕事をするおじさん。
仕上げの作業
いよいよ仕上げ。ネックを包み、ラベルを貼る。
特別に試飲
最後に試飲まで!!グラン・ミレジム1999年とセレブリス ブラン・ド・ブラン。青リンゴにも似たフレッシュな香り!
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「シャンパーニュのピノ・ノワールは最高だよ!」と自信を持つフィリップさん、とてもめずらしいという「ゴッセ」のアンボネイを試飲させてくれた。ピノ・ノワール種で造られる赤ワインで、ロゼシャンパンなどを造る際に添加されるもの。他にはあまり出回らない貴重なワインだとか。当然美味。

このたび雨のおかげで思わぬ出会いがあり、有意義な滞在となったシャンパーニュ「アイ」。カフェで出会ったおじさん、誇りを持って働いていた「ボランジェ」や「ゴッセ」の皆さん、そして帰りは車で駅まで送ってくれたフィリップさん、本当にメルシーボークー!やさしい愛があふれる「アイ」からの突撃レポートはこれにて終了。明日からはシャンパーニュを離れ、アルザス地方へ。コルマールを拠点にアルザスのワイン街道のレポートなどお楽しみに。

2009年05月16日

096 フランス旅行記 シャンパーニュ2 エペルネー

朝早くエペルネーに着く。シャンパーニュを語るには、ここエペルネーを、そして「モエ・エ・シャンドン」を訪れずしては語れない。

もともと爵位を持つ旧家に生まれ、ワイン仲買人をしていたクロード・モエは、1743年エペルネーに会社メゾン・モエを設立する。クロードの子ルイ・ニコラが名声の基礎を築き、孫ジャン・レミーが拡張に心血を注ぐ。やがて1832年、メゾン・モエはジャン・レミーの息子ヴィクトル・モエとピエール・ガブリエル・シャンドンに引き継がれる。義理の息子であるピエールは、エペルネー近くの古いベネディクト会修道院を再建するのだが、そこに酒倉係として働いていたのがドン・ペリニヨンである。彼の発明のおかげでメゾン・モエは輝かしい未来が約束されたことは言うまでもない。社名はピエールの修道院再建の功績を称え、彼の名を入れた「モエ・エ・シャンドン」と変更する。
ルイ15世が祝宴で振舞ったモエ社のシャンパンは王侯貴族の間でたちまち人気となり、特にポンパドール夫人は好んで注文したという。また、ナポレオンとの関係も深く、シャンパーニュ地方に立ち寄った際はジャン・レミー・モエに会うのを楽しみにしていたそうである。モエ社の「ブリュット・アンペリアル」は、ナポレオンとの友好の証として製造されたシャンパンである。

さて、エペルネーの目的は「モエ・エ・シャンドン」のセラー見学である。午後はアイ村を訪れる予定なので、駅を出てさっそくシャンパン通りへ向かう。「モエ・エ・シャンドン」をはじめ、大手シャンパンメーカーが軒を連ねる通りである。・・・あとは写真で。

シャンパーニュ通り
シャンパーニュ通り。
名立たるシャンパンメーカーが軒を連ねる
両側に名立たるシャンパンメーカーが軒を連ねる、それはそれはバブリーな通り。
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「ボワゼル」
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「ペリエ・ジュエ」
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「ポル・ロジェ」
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ひと際目立つ「モエ・エ・シャンドン」社。朝いちばんのセラー見学を予約する。
ドン・ペリニヨンの像
ドン・ペリニヨンの像は今回の旅で私がぜひとも写真におさめたかった5ヶ所のうちの1つだ。出来ることなら肩を組んで一緒に撮りたかった。
カーヴ見学者の待合ロビー
「モエ・エ・シャンドン」社、カーヴ見学者の待合ロビー。ツアーで訪れる人も多い。もちろん日本人の姿も・・・。
ナポレオンがここを訪れたの図
ナポレオンがここを訪れたの図。
案内役のお兄ちゃん
黒スーツで決めた若いお兄ちゃんが我々の案内役。
網目のように広がるセラー
網目のように広がるセラーは全長28キロメートルもあるという。「迷子になると出られなくなるので、ぜったいに離れないでください」と最初に注意。
ピュピトルの上で静かにルミアージュされる
ピュピトルの上で静かにルミアージュ(澱をビンの先に集める)されているワイン。ルミアージュ担当者は、毎日少しずつ手作業でボトルを回している。
暗いセラー内
白亜の土のにおいがする暗いセラー内。空気が湿ってひんやりしている。
試飲室で2種類を試飲
最後に試飲室で2種類を試飲。
ブリュット・アンペリアルの2000年 右ロゼ
「ブリュット・アンペリアルの2000年」。右はロゼ。おつまみは柿ピーのように見えるが違う。

次回、アイにて「ゴッセ」訪問の巻。

2009年05月14日

095 フランス旅行記 シャンパーニュ1 ランス

・・・・フランス旅行記の続き。
ロワールシノンからオルレアン、パリを経由し、ようやくシャンパーニュ地方ランスへ到着。ランスといえば有名なランス大聖堂、見上げると「ようこそ」と天使が微笑みかけてくれた。

ランス大聖堂

ランスから南一帯をシャンパーニュ地方といい、シャンパンの故郷である。シャンパンの語源はラテン語の「キャンパスCampus」平原という意味で、一面のぶどう畑は現在も広がっている。シャンパーニュ地方の歴史は古く、ローマ帝国の支配が伸びてくる前から野生ぶどうが生えていたと言われている。530年に没したランスの初代司教サン・レミも、遺言の中で僧院のぶどう畑を最も大切なものとして挙げているほどである。代々ランスで行われるフランス国王戴冠式の際には、シャンパーニュのワインが奉納されているというから、ジャンヌ・ダルクも新しい王とともに味わっていたのだろう。当時「フランス王者の酒」と盛名を馳せていたそのシャンパーニュのワインだが、もともと今日飲まれている泡立ちシャンパンではなく、普通のスティルワインであった。ボルドーがイギリス領、ブルゴーニュが神聖ローマ帝国(現ドイツ)領であったために、フランス領であるシャンパーニュのワインが「王者の酒」として選ばれていたという訳だ。すこし言いすぎかもしれないが、実際百年戦争以降、ボルドーやブルゴーニュがフランス領に戻ると、シャンパーニュのワインは同じピノ・ノワール種で造られるブルゴーニュワインにじわじわ押され、人気は衰え始める。残念ながら「王者の酒」としての伝統も、フランス人の舌には勝てなかったということになろうか。

とにかく宿に荷物を置き、身軽な格好でシャンパーニュランスの街を散策することにした。

年期の入ったメリーゴーランド
ヨーロッパ各地でよく見かける年期の入ったメリーゴーランド。大人でも少し乗ってみたい気になる。
おもむきがある石畳ストリート
おもむきがある石畳ストリートをてくてくひたすら歩く。
クリュッグ発見
しばらく歩くと、超有名シャンパンメーカー「クリュッグ」を発見!
クリュッグ
大きな木樽が並ぶクリュッグ。
ルイ・ロデレール発見
続いて「ルイ・ロデレール」発見!
ルイ・ロデレール
最新の設備が整ったルイ・ロデレールの会社。
マム発見
マムも発見!
マム
残念ながら時間が早すぎてカーヴ見学は出来ず。
大聖堂後ろ
ランス大聖堂の後ろ側にたどり着いた。
大聖堂前
ランス大聖堂前。
微笑むエンジェル
微笑むエンジェル。有名な左のエンジェルは修復中のため、写真は右のエンジェル。
ランス大聖堂内
しーんと静まりかえった大聖堂内。異空間に足を踏み入れたかのようだ。
ランス大聖堂内 幻想的

ランス大聖堂内 シャガールのステンドグラス
シャガールのステンドグラスも有名。
大聖堂前のワインショップ シャンパン専門店のよう
大聖堂前のワインショップ。 もちろん店内にはずらっとシャンパンが並ぶ。
いろんなシャンパンのキャップが売られていた
また隣の店には、いろんなシャンパンのキャップが売られていた。ランスらしい。
空がシャンパンの泡のよう
空を見上げると、朝からパンしか口にせず歩き回ったせいか、雲がシャンパンのように泡だって見えた。今日は早々に帰って、ゆっくり美味しいシャンパンを飲みながら夕食をとることにした。
ホテルのレストラン
ホテルのレストランを早めに予約。
ジャカールのロゼ
かんたんなコースメニューをお願いし、シャンパンはこのレストラン一押しのジャカールのロゼにした。
やはり牡蠣ですか
前菜はやはり牡蠣。
メインは牛肉のステーキ
メインは牛肉のステーキ。なんとも言いがたい盛り付けに絶句。このあとの洋梨をつかったデザートまで、ゆっくりシャンパンマリアージュを楽しんだ。・・・やがてランスの夜は更けはじめ、遠くの鐘の音を聞きながら気持ちよく眠りについた。

追伸。ブルゴーニュワインに主役の座を奪われたシャンパーニュワインだったが、その後、起死回生ドン・ペリニヨンの泡の大発明により「シャンパン」として確固たる地位を確立したのはご存知の通りである(ゲデレーコラムのドン・ペリニヨン参照)。フランスを救ったのがジャンヌ・ダルクなら、シャンパーニュを救ったのはドン・ペリニヨンで間違いない。明日はエペルネー、アイを訪れる。

2009年01月20日

089 フランス旅行記 ロワール5 シノン

イギリスとフランスの百年戦争、最後に1人の乙女がフランスを救う。彼女の名は「ジャンヌ・ダルク」、オルレアンの勝利で形勢を一気に逆転させたのは有名で、この戦いでフランスが九死に一生を得たのは間違いない。時は1429年、神のお告げに導かれた彼女は王子のいるシノンの城にやって来た。王子をフランス国の王として戴冠させるためである。フランスの王は代々シャンパーニュのランス大聖堂で戴冠式を行っていたため、王子をランスまでお連れしなければならなかった。戦乱のさなかにそんな噂を聞いた王子は、そのことをまゆつばと疑い、見物人の中にまぎれて彼女を試してみることにした。しかしジャンヌ・ダルクは初対面である王子にすぐさま歩みより、こう言ったという。「王子様、私は神よりあなたをフランス国の王にするよう遣わされた者でございます」と。

ジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルク
フランスを救った悲劇のヒロインとして今でも絶大な人気を誇るジャンヌ・ダルク。シノン城の中には彼女の記念館がある。


さてさて、シノンといえばロワール随一の赤ワインの産地。カベルネフラン種でつくられる華やかなシノンワインには、多くのファンがついている。朝いちばんにトゥールを出た電車は10時前にはシノン駅に到着した。ジャンヌ・ダルクとワイン人気で、街もさぞや活気があるのだろうと勝手に思っていたのだが、ダルク広場のホテルに着くまで誰にも会わなかった。チェックインを済ませ、とりあえずその辺をひと回りすることに・・・。シノン城を右手に眺め、閑散としたメインストリートをカメラを片手にぶらぶらしてみたものの、20分ほどで街はずれに行き着いてしまった。何軒かのワインメーカーも見つかったがまだ閉まっており、1日たっぷりとってあったシノン観光も、早々とシノン城へ登ることになった。決勝トーナメントで、十八番の持ちネタを最初に披露してしまう漫才師と同じ心境である。

ロワール シノン城
ロワール シノン城。
シノン城
ロワール シノン城。
城から見たシノンの街
城から見たシノンの街並。
シノン城から見えるクロ・デ・レコーのぶどう畑
裏側に目をやると、ぶどう畑が広がっていた。良質な赤で知られているクロ・デ・レコーの畑。
赤ワイン クロ・デ・レコー
試飲をお願いするため門をたたくと、違う年代のクロ・デ・レコーを4杯も飲ませてくれた。今晩用に2002年を1本購入、20ユーロほどだったと記憶。

スーパーで売られていたシノンのワイン
スーパーで売られていたシノンのワインは1本500円ぐらいから。うーん、安い!

明日はシノンを離れ、ジャンヌ・ダルクと同じくオルレアン経由でシャンパーニュ地方ランスへ向かう。

2009年01月14日

088 フランス旅行記 ロワール4 シュベルニー

朝から矢継ぎ早に回ってきたロワール古城とワインの旅、最後はシュベルニー。ここで造られるワインはトゥーレーヌ地区でAOCに指定されている。AOCとはアペラシオン、オリジン、コントローレの略で、区域が定められた伝統的な産地で造られたワインとしての名称で、品質保証の証明としてラベルに記されている。城はこじんまりまとまった感じで、シンメトリーな美しさといったら、カロンセギュールのようなボルドーのそれの比ではない(・・と言い切ったらヘンだが、こちらのお城は王がらみなのでスケールが・・・)。有名漫画タンタンでもモデルになったほどのシュベルニー城、その魅力のひとつに部屋の装飾のすばらしさがある。書斎、居間、寝室とどれをとっても洗練されていて、王室の気品が漂ってくるようである。

シュベルニー城

気品溢れるすてきなテーブルセッティング

ここでワインを飲みながら語り合ったのだろうか
ここでワインを飲みながら語り合ったのだろうか・・・。

試飲はこちら
入場口の前に「シュベルニーワイン試飲」の看板があったので、城見物もほどほどに戻って来たものの、試飲カウンターが閉まっており・・・トホホ。
光るパネルで訪問者用にワイン説明
訪問者用に作られたシュベルニーワインの説明パネル(よくある光るやつ)を順番に押しながらバスを待つ。やはりワインの味が気になるので、赤を1本買って帰ることにした。

2009年01月13日

087 フランス旅行記 ロワール3 シャンボール 

午後、バスはアンボワーズを出てシャンボール城に到着。イタリア遠征でルネッサンスに触れた弱冠24歳の王フランソワ1世は、フランス様式に革新的ルネッサンス建築を取り入れたシャンボール城建設に着手する。1519年、その頃日本は室町時代である。もともと狩猟好きな彼の離宮として考えられていたらしく、城の中には鹿の角や剥製、狩にまつわるタペストリーなどが多数展示されていた。もっともそのフランソワ1世が、32年間の統治生活のうちシャンボールで狩をして過ごした日数はわずか72日、死去するまでに主塔と王室の塔しか完成しなかったというから、後のアンリ2世やルイ14世が彼の意志を引き継いだといえる。広大な敷地はパリ市の広さに匹敵し、今日ヨーロッパ最大の森林公園となっている。今も変わらず野生動物が自由に棲息し、遊歩道ではイノシシや鹿の姿も見ることができるという。まあとにかく我々の想像をはるかに超えた大きさである。

シャンボール城
天気も良い。芝生に座りこのすばらしい城を眺めていると、本来の目的であるワインなんてどうでもよくなる。
ワインの露店
城の前に並ぶ露店、ワインも売られている。暑いのに大丈夫か?と少々心配になる。
試飲の店
ワインショップを発見。やはりシャンボールワインを試飲してみることにする。
シャンボール城の赤ワイン
フルーティーで軽めの赤ワイン。係のおじさんはまったく客に関心なく新聞を読んでいた。
サラマンダー
シャンボール城
火に棲む伝説の生き物サラマンダーがシャンボールの象徴。サラマンダーは「聖なる炎を養い、悪の炎を駆逐する」というのが王室の格言だそうだ。それにしてもサラマンダーの1匹や2匹、居てもおかしくないほどの城であった。次回はシュベルニー。

2009年01月09日

086 フランス旅行記 ロワール2 アンボワーズ

次に訪れたのは、ロワール渓谷を高台から望むアンボワーズの城。さすがに世界遺産ともなれば観光客が絶えず、通りのレストランやみやげ物屋は繁盛している様子である。ただ、幾多の戦いを見届けてきたからか、城だけがどこか寂しそうにたたずんでいたのが印象的であった。シュノンソーの庭園を見た後だけに物足りなさは否めないが、アンボワーズの庭はフランスで初めてイタリア風のレイアウトが採用された由緒ある庭だそうで、その筋の方にはとても興味をそそるものらしい。イタリアと関係が深いのか、フランソワ1世に招かれたレオナルド・ダ・ヴィンチも近くのクロリュッセで晩年を過ごしている。城にはダ・ヴィンチの像や、彼が設計した戦車なども・・・そして街はなぜかモナリザの絵はがきであふれていた。過剰なダ・ヴィンチ人気も、城が寂しそうな理由のひとつにあげておこう。

ロワール河から見たアンボワーズ城
ロワール河から見たアンボワーズ城。
アンボワーズ城
アンボワーズ城。眺めがすばらしい。
アンボワーズ城のぶどう
庭には美味しそうなぶどうが実っていた。
城近くのワインショップ
城を出るとアンボワーズ城のワインが試飲出来るワインショップを見つけたのでさっそく・・・。
アンボワーズの赤ワイン
しっかりしたボディを持つ赤ワイン。もちろんラベルはアンボワーズ城。
アンボワーズの白ワイン
さわやかな酸味が心地よい白ワイン。
アンボワーズのロゼワイン
フルーティなロゼワイン。とても人気があるようで、レストランではロゼがよく飲まれていた。
城下町がひらけ、活気あるアンボワーズ
活気あるアンボワーズの街。ワインショップが何軒かあったが、ボルドーなどに比べ控えめなのがまた可愛く、応援したくなった。 では次回、シャンボール城。

2009年01月07日

085 フランス旅行記 ロワール1 シュノンソー

トゥールからのロワール河
夜明けとともにボルドーを離れ、一路トゥールという町に向かう。トゥールは年中旅行者でにぎわうロワールの中心都市。代々の王が建てた古城が点在し「フランスの庭」とも称されるロワール河流域は、風光明媚な観光スポットとして人気なのである。そして豊かな自然と恵みの大河は、当然おいしいワインを産むこととなる。ロワールのワインはボルドーやブルゴーニュほどの知名度はないが、安くて美味しいものが多いように思う。フレッシュなミュスカデ、スモーキーなプイイといった白、シノンに代表される華やかな赤、フルーティーが人気のアンジューのロゼなど、なかなか粒ぞろいである。 さて、トゥールに着くとさっそく駅でロワールワインの試飲が出来そうな古城巡りのバスをさがす。ナント辺りの河口都市までは行く時間がないので、とりあえず上流の有名な4つの城へ向かうミニバスを予約した。シュノンソー、アンボワーズ、シャンボール、そしてシュベルニー。


翌朝10時、まずシェール川の上に橋のように建つシュノンソー城に到着。白い城の前にはカトリーヌ・ド・メディシスのすばらしい庭園が広がり、訪問者を楽しませてくれる。賛美の形容詞はいくらでもあるが、うまく伝わらないと思うので写真を見ていただきたい。

シュノンソー城

シュノンソー城

シュノンソーのワインセラー入口
シュノンソーのワインセラー入口
シュノンソーのワインセラー内
シュノンソーのワインセラー内
年代物のワイン
城の敷地内には広いカーヴがあり、たくさんの古いワインが眠っていた。もちろんここでワインの試飲ができるので、いただくことに・・・。
シャトー ド シュノンソー 2000
この城をデザインしたラベルの「シャトー ド シュノンソー 2000」。その時書いたテイスティングメモに「気品あふれる香り」とあったが、おそらく城の雰囲気がすこし手伝ってのことだと思う。とてもフルーティーで素直においしい。イメージしていたほど軽くはなく、しっかりした赤ワインだなと思った。

かつてはここの城主も飲んでいたワイン・・・いろいろな想いをめぐらしながら旅はつづく。次回アンボワーズ。


2008年10月19日

081 フランス旅行記 ボルドー サンテミリオン編

サンテミリオンの町並み午後、ポムロルから県道245号線をサンテミリオンへ向かった。フィジャック村に入るとすぐ左手に「シュヴァル・ブラン」が見えてくる。サンテミリオンのシャトーの大半は、町を中心に広がっているが、「フィジャック」や「シュヴァル・ブラン」のようにポムロルに近いシャトーもある。町から遠いこのフィジャック村辺りは、車が無いとまず訪れることが出来ないので、日本での情報(インターネットやワイン誌)はほぼ皆無であった。故に「Cheval Blanc」の小さな看板と「FIGEAC」の門柱を見つけた時は、さすがに車の中で小躍りした。
「シュヴァル・ブラン」は誰もが認めるサンテミリオンの横綱で、そのエキゾチックでしなやかな舌触りは右岸ファンを魅了して止まない。カベルネフラン種の比率が高い分、繊細さや華やかさが表に出るが、強さも併せ持つバランスの良いワインである。「白い馬」と言う名の通り、白くて清潔感のある洗練されたシャトーであった。馬というのはイメージ的なものなのか、「上空から見ると馬の形になっている」・・・との情報は今のところ入ってきていない。


さて、「シュヴァル・ブラン」が西の横綱なら、東の横綱は「オーゾンヌ」である。「オーゾンヌ」は町の中心近くに畑を構え、サンテミリオンにはめずらしく飲み頃が遅いのが特徴の力強いワインである。ゲデレーのセラーにも2002年モノが眠っているが、正直言ってまだまだ起こしたくはない。そんな事も考えながら、フィジャックからサンテミリオンの町に到着し、車を止めた所がちょうど「AUSONE」と書かれた柱の前で驚いた。この日は天気が良いせいか、お祭りでもあるのかと思うほどたくさんの人が町に来ており、午前のポムロルの静かさがウソのようであった。みんな「オーゾンヌ」は無視して歩いて行くが、ここを訪れる人が皆、私のようなワイン目当てではない。その昔スペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラまで巡礼する人々の宿場町として栄え、古い町並みが今も残る歴史の魅力溢れる町であり、1999年には世界遺産にも登録された。石灰岩の白い建物とぶどう畑のコントラストがすばらしいフランスでも有数の人気観光地なので、まあ賑わって当然である。私も1時間ほど町の中を歩いてみたが、地場産業のワインショップやレストランがとにかく多い。古い町並みをゆっくり見物するだけでも十分楽しめるが、やはり「サンテミリオンはワイン無くして語るべからず」と私は言いたい。

「シュヴァル・ブラン」の美しいシャトー
「シュヴァル・ブラン」。白い馬の名の通り、白く美しいシャトーである。
静かだった「フィジャック」のシャトー
「フィジャック」は、私自身サンテミリオンと言えばコレ!と真っ先に思い浮かべるワインで、そのかわいらしいラベルに個人的思い入れは強い。

技の「シュヴァルブラン」に、力の「オーゾンヌ」。この両横綱は頭ひとつ抜けていると思うが、サンテミリオンには「フィジャック」「パヴィ」「アンジェリュス」「トロロンモンド」などなど・・・人気と実力を兼ね備えた大関陣がずら~と控えていることは忘れてはならない。

「オーゾンヌ」の畑
いきなり現れた「オーゾンヌ」の門柱。
町に近い道はこんな感じ
町に近い道はこんな感じ。
町なかのワインショップ
町なかのワインショップ。歩いていくと次から次へと出てくる。
ぶどうの苗木も売っている
いたる所にぶどうの苗木が売られていた。
左から「オーゾンヌ」、「フィジャック」、「シュヴァルブラン」
そろい踏み!!真ん中がアイドル大関の「フィジャック」。その脇に両横綱、右が「シュヴァルブラン」左が「オーゾンヌ」。

(とりとめなくなりそうなので、今回で「旅行記のボルドー編」を終わります。お付き合いありがとうございました。尚、個々のワインについては、そのうちまた写真とともに紹介する予定でいます。)

2008年10月16日

080 フランス旅行記 ボルドー ポムロル編

リブルヌの古い地図ボルドー市街からガロンヌ河を越え、ハイウェイを40分ぐらい走るとリブルヌという町に到着した。リブルヌの北東にポムロル、東にサンテミリオンが広がっている。ここはドルドーニュ河の北側に栄えた、いわゆる「右岸」の拠点となる所である。ピレネー源流のガロンヌ河と中央高原源流のドルドーニュ河がジロンド河に合流、ポムロルやサンテミリオンはそのジロンド河の右側なので、一般的に「右岸」と呼ばれている。マルゴー、ポイヤックのようにワイン格付け宣戦に顔を出せなかったのは、ボルドー市から遠いことに加え、大きなジロンド河がネックになったようだ。

リブルヌはこじんまりとしているが、そこそこ大きな町である。運良く駐車場付きのホテルもすぐに見つかり、さっそくフロントで道を確認。明日は夜明け前の出発予定なので、いちばん分かりやすい道を教えてもらう。(最初、リブルヌから歩いてポムロルまで行く計画を立てていたが、かなり距離があると聞いてぞっとした。)


翌朝、いざポムロルへ。車で郊外へ出ると、畑以外に何もない田舎道が続いていた。眠い目をこすりながら、狭い道を対向車に注意する。(フランス人はけっこう飛ばすので正直こわい)。うす暗い中10分ほど走ると、赤いセラーが目立つ「シャトー レヴァンジル」を発見した。やがて夜が明けてからはポツン、ポツンと遠くに建物が確認できたので、シャトーらしき所へ順に車を向ける。「ヴュー シャトーセルタン」「ル ボンパストゥール」「ラ クロワ ド ゲイ」「クリネ」「レグリーズ」など、名立たるシャトー達が次々に出てくる。そしてついにポムロルの代名詞とも言えるあのシャトーも・・・。

聖ペテロと一緒に

「ペトリュス」のシャトーは、メドックの大きく立派なシャトーには見劣りするものの、近代的で清潔感のある建物であった。王者らしくポムロルの丘の中心、いちばん高い所にある畑はさすがにきれいに整備され、木には熟したメルローがたわわになっていた。ポムロルで唯一「ペトリュス」だけが、砂利のまじってない粘土質だけの畑を持つ。そこから獲れるこのメルローは、生まれつき見た目には解らない特別な味わいを持っており、エリート中のエリートである。誰もいないので一粒とって食べてみようと思ったが、見つかると国際問題になりそうなのでやめた。それにしてもこの辺は静かで、この1時間にまだ2人しか会っていない。のどかな畑の中で、ポムロルのぶどうはストレスも無く、すくすくと育っていた。

ところで、今回の旅行でどうしても写真に撮りたい場所が5ヶ所、その2ヶ所目は「シャトー ル・パン」の松の木であった。今や「ペトリュス」に肩を並べるほどのワインで、小さなシャトーながら頑張る姿がどうしても見たかった。今でこそ右岸ワインブームで、メルロー主体のリッチなワインが注目されているが、ボルドーで格付けがされた1855年当時は実際、箸にも棒にもかからなかったのだ。(当時、ジロンド河に橋は架かっていたようだが・・・)いずれにせよ、時を経てポムロルワインは今、かなりアツイ!!!

ポムロルの夜明け
ポムロルの夜明け。
シャトー レヴァンジル
私も大好きなシャトー レヴァンジル。
ペトリュスのぶどう もちろんメルロー
 小高い丘に実ったペトリュスのぶどう、黒々として美味しそう。もちろんメルロー。
今やポムロルを代表するシャトー ル・パン
ようやく見つけたシャトー ル・パン。大きなル・パン(松)が2本あるだけの小さな家だが、ここからポムロルを代表するワインが産まれる。
シャトー ラフルール
シャトー ラフルールはペトリュスさえも脅かす、ポムロルでも指折りのワイン。
ポムロルのシャトーが書かれた地図
ポムロルのシャトーが書かれた地図だが、この地図の場所自体いまいち分かりにくい。

079 フランス旅行記 ボルドー サンテステフ編

ラフィットの丘を超え、サンテステフに向かう。サンテステフと言えば、コス・デストゥルネル、モンローズ、カロン・セギュールのトリオである。この3つのシャトーはそれぞれに根強いファンを持っており、サンジュリアンのラスカーズ同様、1級に引けをとらない評価を受けることもしばしばである。特にモンローズは昔からポイヤックの「ラトゥール」、サンテミリオンの「オーゾンヌ」とともにボルドーで最も長熟な(飲み頃になるのが遅い)ワインとして有名で、モンローズ信者なる者も多いとか。もっともサンテステフワインは渋みの強いタニックさが身上で、そのタンニンがまろやかになるまではある程度寝かせる必要がある。最近はだんだん早飲みに移行してきた感はあるが、それでも10年は寝かせたい。

サンテステフの入り口 コスラフィットがポイヤック最北なので、すぐ隣がサンテステフのコス村だった。その「COS」という標識の向こうに見覚えのあるアジア調の建物が「ようこそ!サンテステフへ」と出迎えてくれた。コス・デストゥルネルのシャトーがラベルそのまんまの姿で建っている。シャトーが描かれていることの多いボルドーの中でも、ひときわ目を引き印象深いラベルがこのコス・デストゥルネルだ。「コス」と聞いて、エレガントな味わいとともにアジア調のこのシャトーを思い描くのは、ワイン好きなら当然であろう。

モンローズの畑はジロンド河をのぞむ小高い丘に広がっていた。車がすれ違えない細い道を入っていくと小さな鷲の門が見える。車を降りて1枚パシャリ!もう1枚パシャリ。横にある作業小屋の前で7,8人がタバコを吸いながら畑作業の準備をしていた。しばらく手を止めて鷲の写真を撮っている物好きな日本人を観察していたが、私の「ボンジュール!」に笑顔で答えた後は、なんだか誇らしげに畑へと歩いて行った。お世辞にも立派なシャトー構えではないが、そんな誇りを持って仕事をしている彼らに支えられ、天下のシャトー・モンローズが産まれると実感した。

今回私は数々のシャトーをまわって来たが、最も印象に残っているのが「カロン・セギュール」である。日本でもハートのかわいいラベルが人気のワインなので、知っている人も多いと思う。ただ、格付けされたシャトーではボルドー市からいちばん遠い位置にあり、人気のわりに訪問者は少ない。(最北のカロンに限らず、よほどの思い入れがないとサンテステフにまでわざわざ足を運ばないだろう。)また、現在もオーナーが住んでいる数少ないシャトーでもある。抹茶茶碗の名品も使うことにより味わいが深まるように、そこで暮らすことで風格が増す、ワイン造りにとっても大事な要素なのかも知れない。生活感まではないが、オーナーのあたたかい愛情が注がれたシャトーという感じだ。目立つ案内看板は出さない主義だと言うから、見せ物的なシャトーでないことがまた心をくすぐる。探して探してたどり着いたカロン信者に、シメトリーなすばらしいシャトーと丘にひっそり建つ教会がまぶしかった。1級より3級のカロン。その心がすこしだけ分かったような・・・・。

アジア調が印象的なコス・デストゥルネル
アジア調が印象的なコス・デストゥルネル。
朝日を背に立つモンローズの鷲
朝日を背に立つモンローズの鷲。
シャトー・モンローズの白いらせん階段
モンローズの白いらせん階段。ここを訪れた者だけに与えられるトロフィーのよう。
カロン・セギュール
シンメトリーがすばらしいカロン・セギュールのシャトー。
カロンの畑
静かなカロンの畑。遠くに見えるのは教会のようだ。

2008年10月13日

078 フランス旅行記 ボルドー ポイヤック編

現在の第1級格付けシャトーは5つ。グラーヴはペサック村の「オー・ブリオン」、マルゴー村の「マルゴー」、そして「ラフィット・ロートシルト」、「ラトゥール」、「ムートン・ロートシルト」の残り3つはこのポイヤックに集まっている。これらに続くワインも粒ぞろいで、ボルドーを語るにはポイヤック抜きには始まらない。骨格のしっかりした大型メドックワインの大半は、この場所から産まれると言っても良い。もともと芳醇な香りと熟成力を兼ね備えた力強いワインが特徴の地域であるが、その「グラマラスなボディ」に各シャトーが「特徴のある服」を着せて、個性を競っているという表現が適していると思う。ラフィットの「繊細さ」、ラトゥールの「安定感」、ムートンの「力強さ」は、よく3者を比較して使われる言葉だが、1級はまた別格で、一般のワインに対する評価をはるかに超えた「雲の上での背比べ」みたいなものである。

ポイヤックのメインストリートボルドー市から北へ北へ、さすがにこの辺まで来るとのどかである。ワイン街道D2を脇に入れば、いつまで経っても次の標識が出てこない細い道が多くなる。また地元の車がけっこうなスピードで飛ばすので、道を間違えたと気づいていてもユーターン出来ず、そのまま次の交差点まで行ってしまう事もしばしばである。慣れない私のような者が右往左往しだすとキリがないので、「位置確認の目安」が必要だと目印と位置関係を必死に頭にインプットした。バージュの丘を越えたバタイエやランシュ・ムーサの辺りは分かりづらいため、オーバタイエの白い塔を目印にずいぶん方向を確認した。D2からかなり離れて訪問者は少ないが、バタイエなどは手入れの行き届いた素晴らしいシャトーで、地味ながらもポイヤックの底力のようなものを感じた。

さて、D2に戻りラトゥールのシンボルである丸い塔を右に見ながらしばらく走ると、小さな港町であるポイヤックの中心街に到着した。夏はバカンスを楽しむ家族がキャンピングカーを連ねてやって来るそうで、そこそこの賑わいを見せている。広大なぶどう畑にひらけたオアシスといったところか。ヨットハーバーを望むメインストリートにはレストランが並び、ホテルやワインショップもある。やはりポイヤックのレストランでは羊のグリルに赤ワインなのか?と思ったが、そこの短パンにタンクトップのお客は、そろって大皿シュリンプ(海老)サラダを食べていた。運転のある私は飲めないので、グルメの雰囲気だけでも・・・と店をのぞいて見たのだが、ワインよりビールをがぶ飲みする姿に、すこしテンションが下がった。ぶらぶら歩いても別段ここで取り上げることも見つからないので、まだのシャトーをまわり、ラフィットに向かうことにした。(尚、個々のシャトーのついては、またワイン入荷時に写真とともに紹介する予定なのでどうぞお楽しみに。)


ピション ロングヴィル・バロン
ポイヤックへ入るとすぐ左手に、ひときわ目を引くシャトー ピション ロングヴィル・バロンが見えた。

ラトゥール
ジロンド河のほとりにたたずむ有名なラトゥールの塔。昔の鳩小屋だそうだ。
ラフィット
街道からのラフィット。庶民は指をくわえながら眺めるしかない・・・という感じ。
ムートン
ムートンへの入り口。かのフィリップ男爵も歩いたカーヴへの道。
シャトー オー・バタイエの白い塔
オー・バタイエの白い塔。上に立つマリア様に何度元気づけられたことか。

2008年10月09日

077 フランス旅行記 ボルドー サンジュリアン編

シャトー・ベイシュヴェルマルゴーを抜けて、D2を北へ走るとまもなくサンジュリアンベイシュヴェル村に入る。まずシャトー・ベイシュヴェルが右手に現れ、さっそくウインカーを出す。白い塀に囲まれた大きな建物ときれいな花を使い整えられた庭は、道行くドライバー誰もが目を奪われる。その日もイギリスからの観光客が大きなバンを乗りつけ、ガイドブックを手にワイワイやっていた。正面の門ではカップルの女性がポーズをとり、男性がカメラを縦に横にとアングルを決めている。(三脚を貸してあげようと思ったが、おせっかいのようでやめた。)それにしてもさすがにボルドーで最も美しいと言われる邸宅、人気がある。ベイシュヴェルの真向かいにはブラネール・デュクリュの四角いシャトーが見える。サンジュリアンには他にもボーカイユやラローズ、ラグランジュ、バルトン、タルボなどスマートで綺麗なシャトーが多いが、それはそのまま気品としてワインに良く表れていると感じた。

マルゴーとポイヤックに挟まれて地味な存在のサンジュリアンだが、ワインは両方の特徴をうまく取り入れた秀逸なものが多い。1級こそないものの、この地区の2級シャトー達が良い年には1級にひけをとらないワインを生産することは皆知っている。それに続くシャトーも優等生がそろい、価格もまだまだ安いほうなので、上手にボルドーワインを楽しむならサンジュリアンはおすすめである。なかでも2級のレオヴィル・ラスカーズは、シャトー・ラトゥール(1級)の隣に畑を持ちながら、選別して気に入らないぶどうはすべてセカンドやサードワインにまわす徹底ぶりで、品質にも全くばらつきがない。今、格付けが見直されるなら、真っ先に上に上がるシャトーだと言われている、まさに「影の1級ワイン」である。

畑の先に目をやると、すぐそこにジロンド河が見える。近くまで行くと、老夫婦がのどかに釣りを楽しんでいた。岸辺には原始的な小エビ漁の網仕掛けが並ぶ田舎の河だが、大きくゆったりとした流れに長い間ボルドーワインを見守ってきた威厳すら感じてしまった。変わらぬ土と水はワイン造りにとっても重要な役割を担う。「母なる大地」に育つぶどうには、横で静かに愛情をそそぐ「父なる河」の存在が大きいのかも知れない。

さて旅を進めるが、感動というのは突然訪れるほうが喜びが大きい。日が暮れはじめる前にポイヤックで宿を探さないといけない・・・そんなことを考えながらカーブを曲がったら、レオヴィル・ラスカーズの門がいきなり目の前に現れた。(おかげで買ったワインが座席からいきおいよく転げ落ちてしまったが。)この門はワイン好きなら皆知っているし、興味がないならこのコラムをここまで読んでいないので余計な説明は省くが、サンジュリアンの象徴のような門である。今回の旅でどうしても写真に撮りたい場所が5ヶ所あった。そのひとつがこのレオヴィル・ラスカーズの門である。いずれにしても、今日を締めくくるにふさわしい光景に出会え、疲れたが満足、満足の1日であった。
・・・やがて日も暮れてきたので、今日はホテルをあきらめてこの門の前で寝ることにした。

シャトー・ブラネールデュクリュ
シャトー・ブラネールデュクリュ
シャトー・デュクリュボーカイユ
シャトー・デュクリュボーカイユ
父なるジロンド河で釣りを楽しむ老夫婦
父なるジロンド河で釣りを楽しむ老夫婦。左に見えるのがジロンド名物エビ漁の仕掛け。
レオヴィル・ラスカーズの門
レオヴィル・ラスカーズの門。目が覚めるとこんなすばらしい朝焼けが・・・感動。

2008年10月06日

076 フランス旅行記 ボルドー マルゴー編

D2へ向け、ボルドー市街を抜けるさてボルドー2日目からは、メドックはマルゴーからサンテステフまでのシャトーめぐり。ボルドー駅で車を借り、まずは「D2」へのアクセスを確認する。「D2」といってもSFロボットの名前ではなく、ボルドーからマルゴーやポイヤック村を結ぶ街道の番号である。ラトゥールやラフィットをはじめ、格付けワインの多くはこの「D2」沿いにシャトーを構えているので、地図が無くとも標識をたどれば有名シャトーに辿り着くいう、便利なワイン街道である。勢いよくスタートしたゲデレー号は、右側通行で慣れないうえ、朝のラッシュで混雑したボルドー市街を抜けるのに少々手こずったがなんとかその街道へ無事にたどり着いた。さあ、後はワインの国へといざなう道しるべ「D2」を頼りに真っ直ぐ走るだけ!!!。かなり興奮ぎみに、ギアをトップに入れアクセルを踏むのは西洋料理店ゲデレー店主。38歳。男ひとり旅・・・である。

・・・さて、1時間ほど走ると、いよいよ最初の目的地マルゴーへ到着。シャトー名が書かれた看板が賑わい始めたのでワイン好きならマルゴーだとすぐ分かる。格付けワインがいちばん多い町(村?)は思ったよりも小さく、静かな所で驚いたが、ワイン以外のために発展させる必要も無いと自分なりに納得する。街道脇のぶどう畑には雑草を刈る人やトラクターをチラホラ見かけた。もうじき9月だから、収穫に向けての最終手入れをしているのだろうか、近くの女性にたずねるとそこはシャトーマルゴー(第1級)の畑だと言う。よく見ると張りのある大きいぶどうが黒々と、いかにも旨いのをつくりそうな顔をしてぶら下がっている。「ひと粒ちょうだいな」と女性にお願いしてみようと思ったが、モラル無い日本人の典型のようだと思いとどまった。
パルメを過ぎ、D2沿いのディフォールヴィヴァンを左へ入るとローザンセグラ、ガシー、右へ入るとすぐシャトーマルゴー。中心にはマレスコサンテグジュペリやフェリエール。大きな城を構えるディッサンやラスコンブ、カントナックなども中心から10分も走ればたどり着く。その他個々のシャトーについては、そのワインが入荷した時に写真と一緒に紹介することにして、ここではマルゴーの特徴を述べたい。

「マルゴー」という響きは、甘美な女王のイメージを思い浮かべるが、やはりその特徴はうっとりさせる華やかなブーケにある。抜栓した後一瞬一瞬移りゆく魅惑のブーケはマルゴーファンの心を捉えはなさない。「はかなさ」にこそマルゴーの美学があるように思う。細かい砂利質の白っぽい土壌に植えられたぶどうはカベルネソーヴニオンが中心で、繊細で天候によって左右されやすい難はあるが、フィネスやアロマの複雑さ、リッチさは他のアペラシオンの比ではないと言われる。味わいの面で言うと、私自身全般的に軽い印象を持っているが、(マルゴーとパルメ以外は)ブーケとアロマのまろやかさを楽しむのが、マルゴーの特徴なのかもしれないと最近感じている。(現地で飲むと違うのかと今回も何本か飲んだが、どれも飲みやすく華やかさはあるもののインパクトに欠ける感じがした。)多くのマルゴーワインはビンテージにバラつきがあるため買いづらく、愛好家には大変なリスクがあるのは事実だ。あくまで個人的な意見だが、ワイン価格の高騰で消費者は味わいに金額相当の力強さを求める傾向があり、ポイヤックやサンテステフ型に人気が集まっているように思う。レストランでもボディとブーケを兼ね備えた1本でないと、「マルゴー」というネームバリューだけでは売りづらい時代になったかもしれない。

作業用のトラクターとすれ違う
ワイン街道では、ぶどうを消毒したり、剪定するトラクターと頻繁にすれちがう。
France-2008-2-046.jpg
いよいよマルゴーに到着。見えるのはディフォールヴィヴァンのカーヴ。
マルゴー畑で作業中のマダム
シャトーマルゴーの畑で作業していた女性に話を聞く。ポルトガルからこの時季だけ出稼ぎに来ているのだという。
ご存知! シャトーマルゴー
第1級シャトーマルゴー。
地平線まで続きそうな畑
地平線まで続いていそうなぶどう畑。
ご存知! シャトーパルメ
手入れの行き届いたシャトーパルメ。                         

2008年10月03日

075 フランス旅行記 ペサックへの道 シャトーオーブリオン

ゲデレーには今、シャトーオーブリオン1995年とそのセカンドのバアン オーブリオン2003年が眠ってますボルドー市街から南へ、1級格付けワイン「シャトーオーブリオン」に向かいペサック街道を歩く、とにかく歩く。正確な地図はないが時間はあるのだ。ハーフマラソンなのかフルマラソンなのかトライアスロンなのか分からず、勢いにまかせとりあえずスタートしたランナーの心境である。もちろんはじめての土地で多少の不安はあったものの、迷ってもいづれは「有名なシャトーオーブリオンまであと何キロです」や「オーブリオン!!こちら こちら こちら」みたいな案内看板が出てきて、目的地まで導いてくれると信じていた。歩き続けて1時間半が経過するまでは・・・。                                                                                                          


ボルドーで最初に造られたのはグラーヴワインで、最初にイギリスに輸出したのもグラーヴだそうだ。メドックのマルゴーやラフィット、ラトゥールが歴史上に登場する前からこのグラーヴ地区ペサック村のオーブリオンは有名だった。それは17世紀、オーナーのポンタック家がロンドンのテムズ河沿いに「ポンタックの頭」という居酒屋をつくり、その店で出していたワインがたいへん人気があったからである。評判はイギリスのみならず、オランダや諸外国に伝わり、ボルドーからワインを自国に持ち帰るために高速船まで開発したほどだから、当時からオーブリオンはよほど旨かったらしい。やんややんやと大きな帆船がボルドーの三日月港に乗り付けている絵はアンティークショップの壁でよく見かけたが、当時のボルドーを象徴する風景なのだろう。オーブリオン伝説の幕開けはつまり、ボルドーの幕開けであったともいえる。
そんな訳で、ボルドーにとって先駆者的役割を果たした「シャトー・オーブリオン」、1855年に制定された61のシャトー格付けの第1級に君臨しているのも当然であろう。また、唯一メドック以外で選ばれているのもうなづける。
                                                               

・・・さて、シャトーへの道は行けども行けども、待てど暮らせど看板は現れない。途中7人に道を尋ねたが正確な解答はゼロ!地元に居ながらオーブリオンを知らないとは・・・。ただ、ここまで来て引き返すにも返せずと、まさに半泣き状態で2時間が経過した頃、ようやく「PESSAC」の標識を見つける(結局ひたすらまっすぐ歩き続けて正解だった)。喜びと興奮をおさえ、バス停に座っていた老人に尋ねると、「シャトーはすぐそこだよ」と笑顔で答えてくれた。8人目が指差す先には、歩きつかれて汗だくの訪問者をねぎらうように、オーブリオンと書かれた大きな門が手を広げて佇んでいた。 
                                                                                                                                               


ここまで歩きっぱなしで約2時間かかりました
ひたすら歩き、ようやく見つけたペサックの文字。

国道250号をはさみ向かい合うオーブリオンとラミッション・オーブリオン
もうすぐそこ、右がオーブリオンで左がラミッション・オーブリオン。


さすがりっぱな門構えでございます
ついに到着。 あきらめなくて良かった。


一礼してから入りました
さすがに1級シャトーは風格が違う。一礼してから入門。


シャトーへの道
門を入ってさらにシャトーまでぶどう畑の道がつづく。


思わず手が伸びそうな おいしそうなぶどうでした
グラーヴは砂利の多い土壌。このおいしそうなぶどうはカベルネソーヴニョン。


やはりカーヴの見学までは無理でしたが、雰囲気を充分満喫しました
ワインラベルで見慣れた光景。それが今、目の前にある感動をかみしめる。

2008年09月29日

074 フランス旅行記 ボルドーという街

電車に乗り、旅はパリからボルドーへ。
18世紀、高級ワインの産地としてにぎわい、貿易により大きく発展した街である。濃いワインレッドは「ボルドー色」とも呼ばれ、重厚な赤ワインはボルドーの代名詞になっているほどだから、ワイン好きなら一度は訪れてみたい街のひとつであろう。私もワインはボルドー党なので、今回のフランスの旅は、ボルドーでの有意義度合いによって決まると自分に言い聞かせていた。「いざ、ワインの聖地へ!」という胸の高鳴りもあったのか、恥ずかしながら座席指定も忘れて電車の先頭車両に乗り込もうとしたくらい、ハヤル気持ちを抑える事が出来なかった。

ボルドーの街 最新型のトラム電車が走る大劇場前の広場・・・さて、やがて電車は定刻にボルドーサンジャン駅に到着。
印象は意外にも「ワインの街」ではなく、古い石畳の上を最新のトラムが走る、とてもオシャレで活気ある都市といった感じ。人口25万人、南西フランスアキテーヌ地方の主要都市で、数々の歴史的建造物を今に残す歴史の街であると同時に、政治経済の中心、つまりはフランスの最先端の街でもあるのだった!。金沢の街並が、昔ながらの風情を期待する観光客の想いとは必ずしも一致しないように、ワインショップやレストランにでも入らないかぎり、憧れのボルドーワインには出会えない(それは当たり前か)。まあ、メドックのシャトー群が始まるマルゴー村までは市街を抜け、車で1時間ほどかかるのだからそれもそのはず・・・と、地図を再確認する。明日から3日間はレンタカーを借りてのシャトー巡りの予定なので、今日は市内散策も兼ねてボルドーでも有名な2件のワインショップを訪れ、自分なりに気分を盛り上げる事にした。(写真参照、マウス矢印を写真上に)


               ワイン好きが集まる「ラ・ヴィノテーク」

「ラ・ヴィノテーク」 観光案内所の隣にあるので、観光客で常に賑わっている。もちろん品揃えもハンパではない。

サンテステフ、ポイヤック、マルゴーとコミューンごとにわかれていてお目当てのワインを探しやすい。サンテミリオンもかなり揃っている。残念ながら価格は思っていたほど安くはない。
ソーテルヌコーナーも必見。見たことのないボトルがたくさんあり驚き!


               らせん階段で有名な「ランタンダン」

らせん階段で有名な「ランタンダン」 ラ・ヴィノテークに比べ、お客さんは少ないが、飲みたいヴィンテージのグランヴァンをじっくり探すならココ。

大きならせん階段の周りにびっしりと並べられたワインは圧巻!
オーブリオンもヴィンテージ違いがこんなに!!。のどから出た手が1990年のボトルをつかんでいたが、ひとりで飲んでも・・・と思い断念する。

今回はひとり旅。フランスに着いてから、感動を誰とも共有できない寂しさはもちろん、関心事や行き先を誰にも相談できないというのは、こんなに詰まらないものかと実感していた。それからはとにかく、「あれこれ考える前に1歩でも多く歩く」ことを心掛けた。
ワインショップを出ると天気もよく、またカフェで飲んだワインも手伝ってか、足はペサックのシャトー・オーブリオンに向かって歩き始めていた・・・・・・次回の旅行記へつづく。

2008年09月20日

073 フランス旅行記 大都会のぶどう畑

この度、長い休みをいただき「ワイン」をテーマにフランスを時間の許す限り歩き回りました。ボルドーからアルザス、ブルゴーニュまでハードスケジュールではありましたが、地元の人々に触れ、各地にその土地に根付いたおいしいワインがあることを実感した旅でありました。この経験を生かし、よりいっそう魅力あるレストランを目指したいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
圧巻のメドック格付けシャトー、モンラッシェやロマネコンティなどのグランクリュ畑の風格、想像を絶するほど壮大なぶどう畑やワイン造りへの誇りなどなど、写真が整理でき次第、このコラムで紹介するつもりです。


パリのぶどう畑ワインといえば、やはりボルドーやブルゴーニュを思い浮かべる。収穫時に広大な畑で作業する光景、大きなワイン樽が何十本も並び、数万本のストックが眠るカーヴなども、最近は本やテレビでよく目にするので、ワインは壮大なぶどう畑から年に何万本も造られるものだと勝手にイメージしている人が多いようだが、ワインもいろいろある。まずは大都会の真ん中で造られる貴重なワインの話から・・・。
ここはパリ、モンマルトルの丘。サクレクール寺院の裏手辺りにパリで唯一のぶどう畑があるというので行ってみることに。なるほど、思った以上に小さい畑だが、おいしそうなぶどうが薄紫に色付いていた。パリという大都会の中でフェンスに囲まれ窮屈そうだが、たくましく育っているという感じである。もちろん現在もパリ産ワインとして飲まれていて、収穫や新酒のお祭りなどもあるらしい。エスプリの効いた都会的な味なのだろうか、生産量が少なくほとんどがこの界わいで消費されてしまうというから、我々の口にはまず入らない。まあ味はさておき、今に残る貴重なパリワインであることは確かで、ぶどうのひと房ひと粒に歴史は詰まっている。

2008年03月10日

057 ゲントのビアカフェ

マックスを飲む 伝統を飲むビール王国ベルギーには様々なビアカフェがある。今回紹介するゲントにあるDe Dulle Griet デ・デュレ・グリートではいっぷう変わったパフォーマンスでお客さんを楽しませてくれる。この店の名物は超ビッグなビールで、なんと50センチほどもあるフラスコ型ビアグラスで出てくるその名もMAX マックス!。観光客ならかならず頼むというその特大ビール、注文するとこわおもてのおじいさんがやってきて、「あんたの靴を片方よこせ」と持っていく。そしてその靴を、天井から吊り下がっているかごの中にポイッと入れてしまう。実はこれを見たくて世界各地からビール好きが集まるのだそうだ。その昔、貴重なビアグラスの盗難防止にと始めた事が今も続いていると言うのだが、かごの靴を見上げながら、皆でビールを飲んでいる様はなんだか妙な連帯感が生まれ、おかしい。もちろんビールを飲み干しグラスを戻すと、おじいさんは天井のかごをカラカラと下ろし靴を返してくれる。おじいさんより何倍も年期の入ったかごは、その歴史を物語る。昔から何も変わっていないのだろう、ビールもベルギーらしい濃厚でコクのあるタイプで、クラシックな味わいだった。いつまでも変わらぬ味とそのパフォーマンスは、時を越えその店の伝統としていっそう深みを増していく。

ゲントのビアカフェ 「デ デュレ グリート」

2007年09月24日

039 スーパーマーケット

量り売り用の秤、ヨーロッパの市場にて旅先では必ずその街の台所を訪れる。市場はおもしろい。ヨーロッパでは、たいてい週に1日は街の中心の広場で朝早くからワイワイガヤガヤとやっている。カラフルなテントを立て、ショウケースの中には新鮮な魚や肉、ハムやチーズ、パン、フルーツ、野菜・・・。地元の人たちはみんな思い思いの買い物をして足早に去って行く。どうも自分のひいきの店が決まっているようだ。店の人も手際よく次々品物をはかりにかけ、2、3言のやりとりがあってお金を受け取る。こうした人間ウオッチングで2時間は楽しめる。
スーパーマーケットもおもしろい。細かな日用品から食品、お酒まで揃う総合店はもっとも生活感の出る場所だからだ。パンやワインの種類に感動し、チーズの大きさに驚き、雑貨はデザイン性の豊かさに感心する。はかり売りが多く、なんでも少量から買えるところなどは、とても合理的で日本のスーパーでも取り入れてほしい。また、大半の店はレジ袋有料。こびない姿勢がまたステキである。


あることに興味を持ち、心を動かされることというのは、その人が生活してきた過去の体験とそれに基づく現在の想いをベースに比較判断している。ヨーロッパ、ゴシック建築の教会や中世の石城、古い大聖堂やカリヨンなどは、普段の生活とはかけ離れすぎていて「感動」とはすこし別の「すごい」という枠の中に分類されてしまう。つまり感性を刺激するというより、記念撮影の被写体どまりといった認識に近い。そんな歴史的建造物や観光名所よりも、街の人たちが日々生活している住宅街や裏通り、市場やスーパー、レストランの方が私にとってはよほど興味深く心が動かされる場なのである。特に、スーパーマーケットはその土地の生活を映し出す鏡だと思う。

ヨーロッパの市場・スーパーマーケット

2007年04月02日

033 バンシュのお祭り

バンシュのお祭り ベルギービールのラベルにも登場する仮面ベルギーの首都ブリュッセルから南へ約50キロにある小さな町BINCH(バンシュ)、2月のこの時期だけは異様な盛り上がりを見せ、新聞の一面やトップニュースを独占する。2003年にユネスコの無形文化遺産にも登録された盛大なお祭りが催されるからだ。訪れたのは最終日、もちろん「ジル」のカーニバルが目当て。それにしても人、人、人で町に入るやいなや身動きとれません状態でびっくり。「ジル」とは(写真にある)派手な格好をした男達のことで、その古いインカ帝国の衣装は1549年にこの地方を治めていたハンガリーのマリーが宴の席にインカの踊り子を登場させたのが始まりだという。木靴を履き、太鼓に合わせて町を練り歩く時は奇妙な仮面をかぶり、パレードの時にはガチョウの羽の付いた大きな帽子をかぶり華やかに行進する。なんでもベルギー生まれの男性でバンシュに住んでいてどこどこに所属して・・・と、誰でも真似て参加することは出来ない。「ジル」になることはバンシュ人にはとても名誉なことなのだそうだ。さて、その盛大なお祭りは「ジル」たちが投げるオレンジ争奪戦でピークをむかえる。もらうと幸せになれるというその赤いオレンジだが、若いジルたちは面白がって周りの建物に全力投球で投げつけるので、あちこちから赤い雨が降り、あまり諸事情の分かっていない観光客にはクリーニング代の方が気になりそうなハチャメチャ具合。なんとも陽気で楽しいお祭りであった。

ベルギー バンシュの伝統的なお祭り、バンシュの祭り

軽快なリズムに合わせ木靴で大地を踏みしめ、そして大地から寒い冬を追い出して春を呼び起こす。バンシュに漂うオレンジの香りは、春の訪れを感じる香りなのであろう。


バンシュのお祭りをモチーフにしたベルギービール「バンショワーズ」ゲデレーでは4月より、この楽しいバンシュのお祭りをモチーフにしたビール「バンショワーズ」をおすすめビールとしてご提供いたします。この機会にぜひバンシュテイストを味わってください。スペシャルペールエールのブロンドとスペシャルブラウンエールのブリューンの2本。ともにベルギービールらしいふくよかなコクをもつ素晴らしい味です。

2007年03月17日

032 ゲントの「ワーテルゾーイ」

金沢市の姉妹都市、中世の面影を残すベルギー ゲント GENT
金沢市の姉妹都市でもあるGENTゲント。ベルギーの首都ブリュッセルから北西に50キロ、中世の面影を色濃く残す古都で、神聖ローマ帝国の皇帝カール5世の生誕地として有名である。かつては織物業で、現在も産業都市として栄えており、街は活気に溢れている。 ベストワーテルゾーイ賞に選ばれた「ByDenWyzenEnDenZot ベイデンウェイゼンエンデンゾット」ただ、近代的なビルなどはなく人々だけが新しくなって、中世にタイムスリップして生活している錯覚を覚えた。街を見渡せば、堂々とそびえ立つゲントのシンボルともいえるバーフ大聖堂をはじめ、フランドル伯の城、当時の商人たちの富と力の象徴ギルドハウスなど、数々の歴史的建造物にただただ圧倒される。文房具店のはがき売り場で兼六園ことじ灯篭の絵葉書を1枚見かけたが、同じ古都とはいえ石川県人としてなんだか姉妹の縁を切りたくなるほどの白旗感を感じた。

さて、そのゲントのレストランのメニューには「Waterzooiワーテルゾーイ」という料理が必ず見つかる。鶏肉や魚を野菜、生クリームと一緒に煮込むクリームシチューのような感じの名物郷土料理である。たくさんの水という意味のこの料理は、もともと川魚を煮込んで食べた古いフランドル地方の田舎料理だったのだが、川魚が獲れなくなった現在、鶏肉や海の魚貝類でつくるのが一般的になったという。グランプリを獲得した魚介のワーテルゾーイゲデレーでも「ワーテルゾーイ」(おこがましくもゲント風と書いていた)はオープン当初からある人気メニューのひとつなのだが、今回の旅ではメニューの説得力アップのためにも、本場のワーテルゾーイを味わうことは必須であった。数あるレストランの中から選んだのはベストワーテルゾーイ賞に選ばれた「ByDenWyzenEnDenZot ベイデンウェイゼンエンデンゾット」。裏路地にある小さくこじんまりとしたお店で探すのに苦労したが、通好みの隠れ家的な感じとアットホームなあたたかい感じがとても良い心地にさせてくれるすばらしいレストランだった。料理も最高で、特にグランプリを獲得した魚介のワーテルゾーイはすばらしく、(新鮮な素材を使えばだせる味とは思えない)深い味わいとコクは久しぶりに感動した。このクリームで煮込む「ワーテルゾーイ」という料理は私の中では誰にでも真似できる、ごくごくシンプルな料理のはずだったのだが・・・。ゲントまではるばる食べに行った甲斐があったと満足感とともに料理の奥深さをしみじみ感じた。

帰る際、マダムに幸せなひとときを過ごせた感動を伝え、このすばらしい味を日本に帰り再現するとパスカルシェフに誓った。

パスカルシェフと