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096 フランス旅行記 シャンパーニュ2 エペルネー

朝早くエペルネーに着く。シャンパーニュを語るには、ここエペルネーを、そして「モエ・エ・シャンドン」を訪れずしては語れない。

もともと爵位を持つ旧家に生まれ、ワイン仲買人をしていたクロード・モエは、1743年エペルネーに会社メゾン・モエを設立する。クロードの子ルイ・ニコラが名声の基礎を築き、孫ジャン・レミーが拡張に心血を注ぐ。やがて1832年、メゾン・モエはジャン・レミーの息子ヴィクトル・モエとピエール・ガブリエル・シャンドンに引き継がれる。義理の息子であるピエールは、エペルネー近くの古いベネディクト会修道院を再建するのだが、そこに酒倉係として働いていたのがドン・ペリニヨンである。彼の発明のおかげでメゾン・モエは輝かしい未来が約束されたことは言うまでもない。社名はピエールの修道院再建の功績を称え、彼の名を入れた「モエ・エ・シャンドン」と変更する。
ルイ15世が祝宴で振舞ったモエ社のシャンパンは王侯貴族の間でたちまち人気となり、特にポンパドール夫人は好んで注文したという。また、ナポレオンとの関係も深く、シャンパーニュ地方に立ち寄った際はジャン・レミー・モエに会うのを楽しみにしていたそうである。モエ社の「ブリュット・アンペリアル」は、ナポレオンとの友好の証として製造されたシャンパンである。

さて、エペルネーの目的は「モエ・エ・シャンドン」のセラー見学である。午後はアイ村を訪れる予定なので、駅を出てさっそくシャンパン通りへ向かう。「モエ・エ・シャンドン」をはじめ、大手シャンパンメーカーが軒を連ねる通りである。・・・あとは写真で。

シャンパーニュ通り
シャンパーニュ通り。
名立たるシャンパンメーカーが軒を連ねる
両側に名立たるシャンパンメーカーが軒を連ねる、それはそれはバブリーな通り。
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「ボワゼル」
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「ペリエ・ジュエ」
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「ポル・ロジェ」
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ひと際目立つ「モエ・エ・シャンドン」社。朝いちばんのセラー見学を予約する。
ドン・ペリニヨンの像
ドン・ペリニヨンの像は今回の旅で私がぜひとも写真におさめたかった5ヶ所のうちの1つだ。出来ることなら肩を組んで一緒に撮りたかった。
カーヴ見学者の待合ロビー
「モエ・エ・シャンドン」社、カーヴ見学者の待合ロビー。ツアーで訪れる人も多い。もちろん日本人の姿も・・・。
ナポレオンがここを訪れたの図
ナポレオンがここを訪れたの図。
案内役のお兄ちゃん
黒スーツで決めた若いお兄ちゃんが我々の案内役。
網目のように広がるセラー
網目のように広がるセラーは全長28キロメートルもあるという。「迷子になると出られなくなるので、ぜったいに離れないでください」と最初に注意。
ピュピトルの上で静かにルミアージュされる
ピュピトルの上で静かにルミアージュ(澱をビンの先に集める)されているワイン。ルミアージュ担当者は、毎日少しずつ手作業でボトルを回している。
暗いセラー内
白亜の土のにおいがする暗いセラー内。空気が湿ってひんやりしている。
試飲室で2種類を試飲
最後に試飲室で2種類を試飲。
ブリュット・アンペリアルの2000年 右ロゼ
「ブリュット・アンペリアルの2000年」。右はロゼ。おつまみは柿ピーのように見えるが違う。

次回、アイにて「ゴッセ」訪問の巻。