石川県 金沢市近郊、白山市のイタリア料理、フランス料理、ベルギー料理、西洋料理の専門店 ゲデレー GODOLLO ベルギービール、フランスワインも充実
西洋料理店ゲデレー フランス料理、イタリア料理、ベルギー料理、ベルギービール、ワイン

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2009年05月30日

098 「西洋」料理店

スーパーの食品売り場で、玉ねぎが赤いネットに、オクラが緑のネットに、みかんが黄色いネットに、にんにくが白いネットに入って売られているのは、実際の色より鮮やかに見せるためだという。ひとつの色に囲まれているところは、囲んでいる外側の色に似て見えるという同化現象効果(フォン・ベゾルト)を利用しているのだそうだ。色彩心理の洗脳ともいえる、一種のテクニックである。

フォン・ベゾルト効果

それはそうと、店主であれば他の店にはない独自の「色」を考えてみる。他にはない色を出せば、確かにこの不況の時代にも強い。では西洋料理店ゲデレーの色は何色であるか、いやこんなご時世だから青息吐息で考えはじめたのではなく、それは常に思っていることである。愛想笑いが出来るタイプではない、料理の味にはもちろん自信はあるが値段だけの勝負ではSゼリヤ系レストランには負ける、ボトルをクルクル回すバーテンダーやフラメンコダンサーもいない・・・。となるとやはり、落ち着いた雰囲気を基本にした「西洋色」を前面に出すのが良いと、最終的に考えはまとまる。

サムライが洋服を着始めてから西洋に対しての同化願望はあるわけだから、平成時代の今、外見的にも内面的にも日本人っぽい日本人を見つけることのほうが難しい。日本色と西洋色は混同され単純な色では表せなくなっているし、難しいことわざを自在にあやつるデーブスペクターの方が、内面的にはよっぽど日本人らしい色を持つ。さて、そんなグローバルに西洋化された現代日本に「西洋料理店」として店を構えたゲデレー、店主の私がのぞき見た西洋を色に形にしていくしかない。辞書でも「西洋」は漠然とヨーロッパ諸国やアメリカを指すのだから、なんとなく中途半端な位置付けであることは否めない。したがって西洋風ネット(網)の力も存分に借りながら定義のない自己満足の世界で自分なりの雰囲気を作っていく、それもまた楽しいものだ。都会の店のように金髪で鼻の高いウエイターでもいればさらにフォン・ベゾルト効果は高いのだろうが、お客様が満足しているのなら網の中身の良し悪しを問うことに意味はない。この石川で、「西洋料理店」という確固たるポジションが確立できるよう今後も地道に努力を続けていきたい。

西洋料理店

2009年05月19日

097 フランス旅行記 シャンパーニュ3 アイ

エペルネーから電車でアイへ向かう。ボランジェなどで有名なアイ村のシャンパンは、黒ぶどうピノ・ノワール種を多く使ったコクのある味わいが特徴で、ちいさな村ながら世界中に注目されている。

ボランジェの畑 ピノ・ノワール

アイ駅は本当にちいさな田舎の駅で、私のほかには数人の小学生が降りただけだった。そしてあいにくの雨・・・。注目はされてもわざわざアイまで来る人は少ないのか、標識や地図も見当たらない。とりあえず小学生の後ろを怪しまれないよう一緒について行くことにした。それにしてもヨーロッパの田舎は、時が止まったようにゆっくりゆっくり流れている。日本と同じ速さで時間が流れているとはとても思えない。雨さえ上がってくれれば、のどかな散策なのだが・・・と、やっと見つけた小さなカフェで雨宿りがてらのコーヒーブレイクとした。
カフェ内では数人がカウンターでワイン片手に半分出来上がっている様子。聞けばシャンパン工場で働く仲良し3人組で、昼休みの団らん中らしい。いちばん明るいおじさんは老舗メーカー「ゴッセ」、あとのふたりは「ボランジェ」の樽工場で働いている人たちだそうだ。私が日本でレストランを営んでおり、ワイン産地巡りとしてこの村へやって来たと伝えると、「よし、俺について来い!」と雨の中を足早に歩き出した。幸運にも「ゴッセ」のマネージャーに頼んで、特別にカーヴを見学させてあげるというのだ。
こんな地図じゃ分かんないぜとゴッセのおじさん
こんな地図じゃ分かんないぜ!ムッシュ。
俺が口をきいてやるぜとゴッセのおじさん
俺が口をきいてやるぜ!ムッシュ。
「ボランジェ」の樽工場
おじさんに付いてしばらく歩くと「ボランジェ」の樽工場に到着する。樽から「ボランジェ」の良い香りが漂ってきた・・・感じがした。
「ボランジェ」
あの007ジェームズ・ボンドも愛した「ボランジェ」。
ゴッセ
「ゴッセ」到着。


「ゴッセ」とは、当時アイの市長だったピエール・ゴッセが1584年に設立しシャンパーニュで最も古い歴史を持つメゾンで、加えて昔ながらの伝統的技法にこだわり続けている老舗中の老舗である。「ゴッセ」の製法の最大の特徴は、一番搾りのぶどう果汁だけを用い、マロラティック(MLF)発酵を行わないところにある。 <マロラティック発酵とは、乳酸菌を用いすっぱいリンゴ酸をまろやかな乳酸に変える発酵のことで、アルコール発酵の次におこなわれるため2次発酵とも呼ばれている。通常赤ワインの製造過程でおこなわれる発酵だが、ブルゴーニュ白ワインの多くは、まろやかで芳醇な香りを出すためにおこなっている。ロワールワインやブルゴーニュでもシャブリの酸味がシャープなのは、マロラティック発酵をおこなっていないからである> つまりは、ぶどう果汁本来の酸味とアロマが残り、とてもフレッシュなものになるということだ。

輸出担当のマネージャーのフィリップさん
輸出担当マネージャーのフィリップさんがこころよく出迎えてくれた。最大手の「モエ・エ・シャンドン」社と違い、このアットホームさが嬉しい。
アイの位置関係と特徴を丁寧に説明
アイの位置関係と特徴を丁寧に説明してくれた。
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工場内は、何とも言えないあまい香りに包まれていた。
ルミアージュ中
クリスマス用の大きいボトルを今ルミアージュしているのだという。もちろん手作業で、毎日少しずつ回して澱を沈める。
セラーの中はひんやり
セラーの中はひんやり。たくさんの古いヴィンテージワインが眠っている。
デゴルジュマン
さていよいよデゴルジュマン!ビン先に溜まった澱を抜き取る作業。
デゴルジュマン
先をマイナス30度近くで凍らせて栓を抜く。
デゴルジュマン
中のガス圧により凍った澱が飛び出す。
コルクを詰める作業
コルクを詰める作業。若いお兄さんは、異国からの見学者がうれしいのか、詰める前のコルク栓を2個おみやげにくれた。
誇りをもって仕事をするおじさん
誇りをもって仕事をするおじさん。
仕上げの作業
いよいよ仕上げ。ネックを包み、ラベルを貼る。
特別に試飲
最後に試飲まで!!グラン・ミレジム1999年とセレブリス ブラン・ド・ブラン。青リンゴにも似たフレッシュな香り!
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「シャンパーニュのピノ・ノワールは最高だよ!」と自信を持つフィリップさん、とてもめずらしいという「ゴッセ」のアンボネイを試飲させてくれた。ピノ・ノワール種で造られる赤ワインで、ロゼシャンパンなどを造る際に添加されるもの。他にはあまり出回らない貴重なワインだとか。当然美味。

このたび雨のおかげで思わぬ出会いがあり、有意義な滞在となったシャンパーニュ「アイ」。カフェで出会ったおじさん、誇りを持って働いていた「ボランジェ」や「ゴッセ」の皆さん、そして帰りは車で駅まで送ってくれたフィリップさん、本当にメルシーボークー!やさしい愛があふれる「アイ」からの突撃レポートはこれにて終了。明日からはシャンパーニュを離れ、アルザス地方へ。コルマールを拠点にアルザスのワイン街道のレポートなどお楽しみに。

2009年05月16日

096 フランス旅行記 シャンパーニュ2 エペルネー

朝早くエペルネーに着く。シャンパーニュを語るには、ここエペルネーを、そして「モエ・エ・シャンドン」を訪れずしては語れない。

もともと爵位を持つ旧家に生まれ、ワイン仲買人をしていたクロード・モエは、1743年エペルネーに会社メゾン・モエを設立する。クロードの子ルイ・ニコラが名声の基礎を築き、孫ジャン・レミーが拡張に心血を注ぐ。やがて1832年、メゾン・モエはジャン・レミーの息子ヴィクトル・モエとピエール・ガブリエル・シャンドンに引き継がれる。義理の息子であるピエールは、エペルネー近くの古いベネディクト会修道院を再建するのだが、そこに酒倉係として働いていたのがドン・ペリニヨンである。彼の発明のおかげでメゾン・モエは輝かしい未来が約束されたことは言うまでもない。社名はピエールの修道院再建の功績を称え、彼の名を入れた「モエ・エ・シャンドン」と変更する。
ルイ15世が祝宴で振舞ったモエ社のシャンパンは王侯貴族の間でたちまち人気となり、特にポンパドール夫人は好んで注文したという。また、ナポレオンとの関係も深く、シャンパーニュ地方に立ち寄った際はジャン・レミー・モエに会うのを楽しみにしていたそうである。モエ社の「ブリュット・アンペリアル」は、ナポレオンとの友好の証として製造されたシャンパンである。

さて、エペルネーの目的は「モエ・エ・シャンドン」のセラー見学である。午後はアイ村を訪れる予定なので、駅を出てさっそくシャンパン通りへ向かう。「モエ・エ・シャンドン」をはじめ、大手シャンパンメーカーが軒を連ねる通りである。・・・あとは写真で。

シャンパーニュ通り
シャンパーニュ通り。
名立たるシャンパンメーカーが軒を連ねる
両側に名立たるシャンパンメーカーが軒を連ねる、それはそれはバブリーな通り。
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「ボワゼル」
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「ペリエ・ジュエ」
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「ポル・ロジェ」
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ひと際目立つ「モエ・エ・シャンドン」社。朝いちばんのセラー見学を予約する。
ドン・ペリニヨンの像
ドン・ペリニヨンの像は今回の旅で私がぜひとも写真におさめたかった5ヶ所のうちの1つだ。出来ることなら肩を組んで一緒に撮りたかった。
カーヴ見学者の待合ロビー
「モエ・エ・シャンドン」社、カーヴ見学者の待合ロビー。ツアーで訪れる人も多い。もちろん日本人の姿も・・・。
ナポレオンがここを訪れたの図
ナポレオンがここを訪れたの図。
案内役のお兄ちゃん
黒スーツで決めた若いお兄ちゃんが我々の案内役。
網目のように広がるセラー
網目のように広がるセラーは全長28キロメートルもあるという。「迷子になると出られなくなるので、ぜったいに離れないでください」と最初に注意。
ピュピトルの上で静かにルミアージュされる
ピュピトルの上で静かにルミアージュ(澱をビンの先に集める)されているワイン。ルミアージュ担当者は、毎日少しずつ手作業でボトルを回している。
暗いセラー内
白亜の土のにおいがする暗いセラー内。空気が湿ってひんやりしている。
試飲室で2種類を試飲
最後に試飲室で2種類を試飲。
ブリュット・アンペリアルの2000年 右ロゼ
「ブリュット・アンペリアルの2000年」。右はロゼ。おつまみは柿ピーのように見えるが違う。

次回、アイにて「ゴッセ」訪問の巻。

2009年05月14日

095 フランス旅行記 シャンパーニュ1 ランス

・・・・フランス旅行記の続き。
ロワールシノンからオルレアン、パリを経由し、ようやくシャンパーニュ地方ランスへ到着。ランスといえば有名なランス大聖堂、見上げると「ようこそ」と天使が微笑みかけてくれた。

ランス大聖堂

ランスから南一帯をシャンパーニュ地方といい、シャンパンの故郷である。シャンパンの語源はラテン語の「キャンパスCampus」平原という意味で、一面のぶどう畑は現在も広がっている。シャンパーニュ地方の歴史は古く、ローマ帝国の支配が伸びてくる前から野生ぶどうが生えていたと言われている。530年に没したランスの初代司教サン・レミも、遺言の中で僧院のぶどう畑を最も大切なものとして挙げているほどである。代々ランスで行われるフランス国王戴冠式の際には、シャンパーニュのワインが奉納されているというから、ジャンヌ・ダルクも新しい王とともに味わっていたのだろう。当時「フランス王者の酒」と盛名を馳せていたそのシャンパーニュのワインだが、もともと今日飲まれている泡立ちシャンパンではなく、普通のスティルワインであった。ボルドーがイギリス領、ブルゴーニュが神聖ローマ帝国(現ドイツ)領であったために、フランス領であるシャンパーニュのワインが「王者の酒」として選ばれていたという訳だ。すこし言いすぎかもしれないが、実際百年戦争以降、ボルドーやブルゴーニュがフランス領に戻ると、シャンパーニュのワインは同じピノ・ノワール種で造られるブルゴーニュワインにじわじわ押され、人気は衰え始める。残念ながら「王者の酒」としての伝統も、フランス人の舌には勝てなかったということになろうか。

とにかく宿に荷物を置き、身軽な格好でシャンパーニュランスの街を散策することにした。

年期の入ったメリーゴーランド
ヨーロッパ各地でよく見かける年期の入ったメリーゴーランド。大人でも少し乗ってみたい気になる。
おもむきがある石畳ストリート
おもむきがある石畳ストリートをてくてくひたすら歩く。
クリュッグ発見
しばらく歩くと、超有名シャンパンメーカー「クリュッグ」を発見!
クリュッグ
大きな木樽が並ぶクリュッグ。
ルイ・ロデレール発見
続いて「ルイ・ロデレール」発見!
ルイ・ロデレール
最新の設備が整ったルイ・ロデレールの会社。
マム発見
マムも発見!
マム
残念ながら時間が早すぎてカーヴ見学は出来ず。
大聖堂後ろ
ランス大聖堂の後ろ側にたどり着いた。
大聖堂前
ランス大聖堂前。
微笑むエンジェル
微笑むエンジェル。有名な左のエンジェルは修復中のため、写真は右のエンジェル。
ランス大聖堂内
しーんと静まりかえった大聖堂内。異空間に足を踏み入れたかのようだ。
ランス大聖堂内 幻想的

ランス大聖堂内 シャガールのステンドグラス
シャガールのステンドグラスも有名。
大聖堂前のワインショップ シャンパン専門店のよう
大聖堂前のワインショップ。 もちろん店内にはずらっとシャンパンが並ぶ。
いろんなシャンパンのキャップが売られていた
また隣の店には、いろんなシャンパンのキャップが売られていた。ランスらしい。
空がシャンパンの泡のよう
空を見上げると、朝からパンしか口にせず歩き回ったせいか、雲がシャンパンのように泡だって見えた。今日は早々に帰って、ゆっくり美味しいシャンパンを飲みながら夕食をとることにした。
ホテルのレストラン
ホテルのレストランを早めに予約。
ジャカールのロゼ
かんたんなコースメニューをお願いし、シャンパンはこのレストラン一押しのジャカールのロゼにした。
やはり牡蠣ですか
前菜はやはり牡蠣。
メインは牛肉のステーキ
メインは牛肉のステーキ。なんとも言いがたい盛り付けに絶句。このあとの洋梨をつかったデザートまで、ゆっくりシャンパンマリアージュを楽しんだ。・・・やがてランスの夜は更けはじめ、遠くの鐘の音を聞きながら気持ちよく眠りについた。

追伸。ブルゴーニュワインに主役の座を奪われたシャンパーニュワインだったが、その後、起死回生ドン・ペリニヨンの泡の大発明により「シャンパン」として確固たる地位を確立したのはご存知の通りである(ゲデレーコラムのドン・ペリニヨン参照)。フランスを救ったのがジャンヌ・ダルクなら、シャンパーニュを救ったのはドン・ペリニヨンで間違いない。明日はエペルネー、アイを訪れる。