石川県 金沢市近郊、白山市のイタリア料理、フランス料理、ベルギー料理、西洋料理の専門店 ゲデレー GODOLLO ベルギービール、フランスワインも充実
西洋料理店ゲデレー フランス料理、イタリア料理、ベルギー料理、ベルギービール、ワイン

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2008年05月27日

068 パセリについて

「じゃまな添え物」。私は100人中95人は、「パセリ」のことをそう見ていると予想する。安っぽい居酒屋で注文する唐揚げには、決まって乾燥した元気のないのが乗っかってくるし、新鮮でないものは食べても苦いだけで美味しくないからだ。とはいえ、残れば何度も使い回されるそのミドリの物体が「パセリ」のイメージとして定着するのは、あまりにも可哀想である。

パセリは正式名を「オランダゼリ」と言い、江戸時代にオランダから長崎に持ち込まれた。地中海沿岸が原産のセリ科の緑黄色野菜で、栄養価も非常に高い。ビタミンA、B1、B2、C、ミネラル、鉄分、特にベータカロチンが多く、老化防止やガン予防に効果がある。また料理に添えるのは、いろどりを補うだけでなく、口の中をさっぱりさせて口臭をおさえるためや、殺菌、胃や腸の調子を整える意味があることなども知っておきたい。

さて、ゲデレー近くの家族菜園には半畳ほどのパセリの一画を設けてあり、天気が良いと次から次へと育つので、それこそ唐揚げとペアが組めるくらいに、次から次へと収穫できる。とれたてのパセリは香りが良く、色も濃いので、新鮮なうちにオリーヴオイルとミキサーにかけて色鮮やかなパセリソースを作っておく。また、いろどりに使うパセリは若芽のやわらかいものを選んで添えているので、ぜひ料理と一緒に味わっていただきたい。少なくとも、「じゃまな添え物」の味ではないと解ってくれると思う。それから最近、料理に対してパセリの量が多いのでは・・・?と、微妙な盛り付けになる時があるが、今の時季だけ出現するサービス的な盛り付けなので。

菜園の新鮮なパセリ

あともうひとつ、菜園持ちの居酒屋の亭主が「鶏の唐揚げ パセリ添え」と書いたとしても、それは「名古屋コーチンの岩塩焼き レモン添え」や「自家製ローストポーク マスタード添え」といった言い回しと同じたぐいで何も悪くはないのだが?  なんか解せない。

2008年05月25日

067 休日の1枚

ばばあの畑でイチゴがり
先日久しぶりに実家に帰りました。天気が続いたおかげで、畑には真っ赤なイチゴがたわわに実っており、バケツ3杯ほど収穫してきました。うちのばばあは、イチゴづくりの天才!愛情いっぱいのイチゴは、もちろんゲデレーでデザートに使っています。

2008年05月23日

066 きのこ

とれたてのきのこ人間は人間から遠いものを食べるとよいと言われる。我々人間が食べるものは、動物と植物と菌類、あとは水と塩。動物の食べるものは人間も食べられるが、植物の摂るものは人間はなかなか摂れない。まして菌類の摂る栄養となるといっそう人間には摂ることができないもので、これはその菌を食べることによってはじめて得られる。よってキノコを食べるのだと言う。キノコは菌類の花である。植物でも花を食すのは最高級趣向であり、栄養学的にもビタミンやミネラルを摂る最良の方法と考えられている。キノコとは「気の凝ったもの」、つまり「元気、力、精力の詰まったもの」という意味あいを持つとされるので、元気がなく気が滅入っている時はキノコを食べると良い。・・・そう信じて食べるのが良い。
椎茸(しいたけ)は椎の木に多く発生する、しめじは湿地(しめじ)に多く発生する、舞茸(まいたけ)は袖をかえして舞踊る、松茸は松の根元にでるキノコ、外国にもトリュフをはじめ、ジロール茸、ポルチーニ茸など香り豊かなキノコがたくさんある。ゲデレーでも季節にはヨーロッパ直送のキノコが入荷するので、その時は是非味わっていただきたい。ただ、素人はその辺の山に生えているキノコを勝手に食べないほうが良い。やはりそこは人間から遠い菌類、体が大きくなるキノコはないだろうが、笑いが止まらなくなるワライ茸ほか、どんな元気が出るか分からないキノコがたくさんあるので注意!!

追伸  時に年配の人がキノコを「コケ」と言うことがあるが、これは北陸地方の方言なので、コケずに聞き流してあげよう。

2008年05月20日

065 歴史が育む雰囲気

1000年経つ古寺を訪れた時、その心安らぐ静寂の中に1000年変わらない気がみなぎっていると感じる。また、100年経つレストランで食事した時、その心地よい雰囲気は100年の伝統と誇りの上につくられるのだと感じる。ヨーロッパには、それこそ店ごとアンティークというレストランが数多くあり、時を重ねたことで滲み出てくる重厚感は何ものにも変えられないし、決してマネなど出来ない重みある歴史なのだと感心させられる。
私はゲデレーの店主として、店の雰囲気づくりは最も大切な仕事だと思っている。ロウソク型の暖色照明や古地図、クラシックカトラリーやテーブルクロス、木製の格子窓に石タイル、特に家具はアンティークものをひとつずつ探し、少しでも本場の雰囲気に近づけるように努力しているつもりでいる。和食には日本の、インド料理にはインドの、中国料理には中国の、西洋料理には西洋の雰囲気があり、それぞれの店主の想いが当然店づくりに表れる。当店のような小さい店であればあるほど、店主の想いがその小さい箱にぎっしり詰まるものだ。(最近は箸で食べるフレンチや、町屋を改装したイタリアンなど、和洋折中の店も多いが、雰囲気の点では中途半端さは否めないと私は思う)

当店のような10年も経っていない店が歴史を語ることは恥ずかしいが、ヨーロッパで訪れたレストランにはそれぞれ歴史と伝統があり、お客さんは良い意味でその空気にのみこまれてしまう。出来るならそんな雰囲気づくりを目指したい。そもそも戦後の日本人はオリジナリティー3流、マネ1流などと言われ、欧米の文化を上手くマネて取り入れてきた。私も西洋料理の文化に魅せられたひとりとして、限られた時間のなかで少しでもオリジナルに近づけるように、歴史が育んだ本場の重厚感を「マネ」し続けていくつもりでいる。

日本ではマネできない雰囲気

2008年05月13日

064 桐(きり)の大木

ゲデレー前の桐の大木家にはそれぞれに家紋というものがある。戦場では、紋のついた旗印で敵か味方を判断する重要な役割を担い、また庶民は将軍家の紋所にひれ伏した。古くから桐(きり)紋は、菊紋とともに皇室の紋章として用いられ、足利尊氏が後醍醐天皇から下賜されてからは、代々天下人の紋所として君臨してきた。かの豊臣秀吉の紋は「太閤桐」とよばれ、とくに有名である。
中国では、聖王の出現を祝福する霊鳥とされる鳳凰(ほうおう)、その鳳凰は青桐(あおきり)の林に竹の実を食べて棲息するという。このめでたい伝説がわが国の桐文様の始まりだそうだ。(もっとも、中国の青桐と、ムラサキ色の花を咲かす桐を日本人が勘違いし、めでたい謂われのない木が格式高い紋として独り歩きしてしまったことはあまり知られていないようだが・・・。)
さて、ゲデレー前の藤木町バス停に大きな桐の大木がある。5月のこの時季は、ムラサキ色の花が咲き誇りとても見事なので、当店の場所案内の際、この桐の木を粋(いき)な目印として言うことがある。
もし来店時にこのコラムを思い出したなら、ぜひご覧いただきたい。先日の雨で、残念ながら花はほとんど散ってしまったが、蔦が絡まり長年の雨風に耐えてきた老木の佇まいもまた、おもむきがあると思う。ただ、いくらさがしても木が違うので鳳凰は見つからない。あしからず。

2008年05月09日

063 鱸(スズキ)

平清盛が伊勢より船に乗り紀州熊野へ詣でた際、船のうちへ大きなスズキが跳び込んできた。その昔、周の国の王が船に躍り入った白魚(ハクギョ)を大いに祀り、後に天下を平定したという故事にあやかり、傍の者たちは「これは平家御繁昌の兆しである」と手を打って祝したという。そのスズキは清盛が自ら調理し、郎党皆にふるまい、大いに杯をあげ伊勢の海で盛り上がった。これは平清盛が出世街道をまっしぐらに突っ走ることとなる、保元の乱よりちょっと前の話である。

入荷した新鮮な鱸(スズキ)

透き通るようなスズキの身は、刺身料理(カルパッチョ)はもちろんおいしいが、香草焼きやバターでソテーしてメイン料理としてもよく食べる。ホクホクした淡白な身は、色々なソースとの組み合わせを楽めるので、ゲデレーでも大きいスズキが入荷した時はメインの魚料理に使う。登場回数は、白身部門ではタイ、ヒラメなどとともに上位にランキングされる。鱸(スズキ)は、成長するにつれて「セイゴ」「フッコ」「スズキ」と出世したように名が変わるので、鰤(ブリ)と同じく縁起のよい出世魚と言われる。平家の出世がしら、清盛の吉兆魚も、尾ひれがついたおもしろエピソードのひとつとして今に伝わる伝説である。