021 名窯ヘレンド
ブダペストの南西約120キロにあるヘレンド、ハンガリーいや世界を代表する磁器がこの小さな村から生み出される。ヘレンドに窯が開かれたのは1826年、フランスのセーヴル窯やオーストリアのアウガルテン窯より100年も遅れてのことだそうだ。時代の流れで陶磁器業界も近代化が進むなか、ヘレンドは創業からずっと機械の導入を拒み続け、職人スタイルを通してきた。形づくりから絵付けまですべて手作業、その一貫したこだわりは高い品質と芸術的な美しさを生み出し、機械には出せない味わい深さが感じられる。特に絵付けの繊細さはまさに芸術といえる。(現地では一連の工程が見学できる。訪れたのが雪の降る2月で、見学者は私と妻だけだったが、真面目そうな女性の職人さんがやって来て目の前で絵皿の色付けを見せてくれた。食い入るように見ている私たちに気づき、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑ったのがとても印象的だった。)
ヘレンド磁器は19世紀半ばからヨーロッパ貴族の間で愛好され始め、万博などを機に世界中のVIPや陶磁器ファンを魅了した。また「ゲデレー」に代表されるシノワズリー(中国趣味)の様式を取り入れ、独自の世界を確立したことでファン層を広げた。
時代遅れなまでの徹底した手仕事で今日の地位を勝ち取ったヘレンドには、歴史と誇りを感じさせる重量感、堂々とした風格が感じられる。そして何より素朴な職人さんのあたたかさが伝わってくるようだ。
当店でも、コーヒー、ティーカップを多種用意。ぜひハンガリーの名窯ヘレンドを楽しんでいただきたい。





便利な世の中になったものだ。インターネットのおかげで、こうやってゲデレーからのメッセージを瞬時に伝えることが出来る。むろん一方通行ではあるが、日に100人近く(データ2006年9月)もアクセスがあるのはありがたい。カセットテープからCD、ビデオからDVD、カメラもテレビもデジタルと、アナログの時代が終わりを告げようとしている今、引導を渡す役目は「ケータイ」が担うのであろう。今もなお進歩し続けるケータイには高性能カメラをはじめとする様々な機能があり、もはや単なる通信手段ではない。普及率も100%に近く、ゲデレーでも予約の際、連絡先はだいたい携帯番号を告げられる。便利になった反面、すぐに連絡出来る安心感からか、約束の時間は「少し遅れます」のひと言で破られることが多いのだが・・・。
私は携帯電話を持っていない。街の公衆電話が次々と消えて、外出先では不便な時もあるが、それでもあまり必要性を感じない。友人とは、急ぎの用事がない限りはがきでやりとりしている(これ本当!)。際限なく文字を送れるメールと違い、限られた紙の中で伝えたい事をまとめるのは意外に難しいもの。また、1つの皿に盛る料理と同じで、1枚のはがきはその人の個性やその時の心境を面白い様によく表現する。文通を薦めるつもりはないが、アナログの自分を楽しむ時間もたまには必要だと、こんな時代だから強く思う。特に食事は本来、楽しい時間なのだから。
サッカーボール・・白黒、すいか・・夏、オランダ・・風車、あり・・働き者、連想ゲームのキャプテンが出すヒントは、誰もが潜在意識のなかで思い描くイメージに基づいている。「レストラン」が答えだとしたら、キャプテンはどんなヒントを出すのだろうか。幼い頃見た絵本の影響が強いのか、三角屋根のレンガ造りで煙突があって、入り口には赤いテントがあって、メニューや看板を照らす外灯がひとつあって・・は、私のなかの洋食レストランのイメージ。何となくそんな感じ。
考えてみると「海外旅行」という言葉は、日本独特の表現だ。そもそも大和や武蔵といった馬鹿でかい戦艦が誕生したのも、海に囲まれた国ならではの水軍思考からであろう。昔から水とともに暮らしてきた日本人は、水害と隣り合わせとはいえ、その有り難さは身に沁みてわかっているはずである。海からとれる新鮮な海産物の恵み、山々からは名水が湧き出て、人々の喉を、やがては田畑を潤す。外国では水道水が飲める国は少なく、もちろんレストランやカフェに入ってもまず水は出てこない。世界中で生水がそのまま飲める国は珍しいのだそうで「水は買う物」という認識のない我々は、そんな時日本は幸せな国なのだとあらためて実感する。